「就活」と「学業」の二項対立が間違い

「就活ルール廃止」という新卒採用の歴史的転換期を迎えた今、私たちが考えるべきことは、「就活と学業」を二項対立的に考えること自体が、最大の過ちであったという点なのです。

大学の講義はそこそこに、サークル活動やアルバイトに明け暮れていた学生の表情がガラリと変わり、学業に真剣に向き合うようになるのは、「社会で求められる実践的な力に対して今のままではダメだ、成長しなければならない」と痛感したその日からです。

大学生活の4年間で見違えるほどに成長するのは、早いうちにインターンシップを経験し、大学での学びを最大限生かしていった学生です。答えのない問題に対して一つ一つソリューションを提示していく社会人と思考や意思決定の時間と空間を経験することで、そこで力を発揮できるように学ぶようになるからです。

このように言うと、「文学や歴史を学んでいる私は、就活には全く関係ないから、不利だ」と悩みを打ち明けてくる学生もいます。学問の歴史的な蓄積を軽視しては、いけません。いかなる専門分野の学びも、社会に出てから必ず役立ちます。

与えられる受け身の学習ではなく、自ら深掘りしていく探求的な学びは、どこの業界や職種で働くことになっても、そこでのパフォーマンス発揮の土台にとなる基本的な構えです。

就活と学業は相互補完的な関係

私が大学の現場から言えることは、「就活と学業は、どちらかに打ち込めば、どちらかがおろそかになる二項対立的な関係ではなくて、就活を通じて学業の大切さを痛感し、学業を深めることで働くことも考え直せる相互補完的な関係」だということです。

急激に変化する社会の中で、これまでの経験や知識では対応しきれない変化に対応するためには、学びが必要です。大学院、研究会、勉強会、サロン等で、日々学んでいる社会人の方々は、「働くこと」と「学ぶこと」が相互補完的に生み出す成長のサイクルをすでに体感しています。

大学の学びを社会へとつなげるためには、「大学の勉強なんて、社会に出てから全く役に立たない」、「学生時代は、ずっと遊んでいた」、「授業なんか真面目に出ていない」という社会人の過去語りには、反省的でなければなりません。というのも、このような<武勇伝>も実は、就活と学業を対立的に捉えてしまう「罠」にハマっているからです。