北朝鮮にとって「してやったり」の状況

金与正の訪韓が南北朝鮮外交史に残る極めて異例の出来事であったとしても、文在寅は北朝鮮のこうした振る舞いを「策略」だとして拒絶し、北朝鮮の非核化のみを唯一の条件として対話に臨むべきだった。それが民主国家の指導者としての役割である。

しかし、それとは真逆の文在寅の振る舞いは、外交の手の内をさらし、日米を始めとした関係国の努力を水の泡にしてしまった。おまけに北朝鮮の案内人となって米韓の単独対話の仲介に動くに至っては、何をか言わんやである。こうした大統領を選んだ韓国は、北朝鮮の幅広い宣伝工作戦に負け、弾を撃ち合うことなく北朝鮮の軍門に下りつつあると考えて良いだろう。

北朝鮮の一連の動きを、筆者は「余裕」の表れと見る。火星シリーズや北極星シリーズの弾道ミサイルの開発を成功させ、直近の火星16号ではロケットエンジンのクラスター化(編集部注:複数のロケットエンジンを束ねて大きな推力を確保する手法)にも成功して、この先の推力拡大(=射程とペイロードの拡大)に道筋をつけた。核兵器については、実験時の出力から推定すると、すでに初期開発段階を終えて小型化・高出力化を達成しつつある。

一方の韓国は、米韓同盟の縛りから核兵器を保有できず、韓国に対する北朝鮮の戦力の優位は明白である。加えて韓国国内では、文在寅政権の政治母体である「共に民主党」内からも強くアメリカ離れを唱える声が上がっており、米韓同盟を基軸とした安全保障体制への反動的な動きが、さらに北朝鮮の挑発を生む悪循環となっている。

北朝鮮からすればまさに「してやったり」の状況であり、韓国に対し連綿と続けてきた工作活動が花開いた形だ。文在寅政権が続く限り、韓国は北朝鮮の思惑に翻弄(ほんろう)され続ける。そうした状況が続けば、最終的には「北朝鮮主導による南北統一」が実現するだろう。

戦力見直しの真っ最中で動きにくい米軍

一方、朝鮮半島情勢を巡る当事者の1つであるアメリカは、いま戦力の硬直化が著しい。戦力の絶対値は世界でも最強レベルにあるが、北朝鮮による核保有や中国によるA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略の拡大が、アメリカに戦略の変更を強いる。在日米軍基地は、戦域からはるか後方の安全地帯に位置し、巨大な兵站(へいたん)として機能するべきものだが、中国による大量の長距離巡航ミサイルや対艦弾道ミサイルの配備によって、その前提が崩れかけている。