実は私も上司として、同様の訴えを受けたことがあります。単行本の編集をしていたときのことで、それまでその部署の編集者は、著者に対して2回ゲラを見せて校正していたのですが、「1度しか校正をしていない人がいます。手抜きです!」と言うのです。

優秀な上司なら、その場でサッと判断を下すこともできるでしょう。しかし、それをやってはいけません。「私の訴えが軽く扱われている」と感じさせ、部下を傷つけることになってしまうからです。私はそのとき、「そういう問題があることは、君に言われて初めて気がついたよ。実際どうなのか、少し観察させてくれないか。いまから3日間ぼくに預けてください」と、あえて結論を出すのを先送りしました。それはひとつには「3日間も考えてくれるんだ」と思い、気持ちのうえで満足を得ることができるからです。

私が「手抜き」と批判されている女性の仕事ぶりを確かめ、本人からも話を聞くと、「2回の校正は確かに手書き原稿の時代には必須だったが、いまは転記ミスや誤植が起きにくいワープロのデータ入稿。だったら1回でもいいのでは」と思えてきました。

3日後、私は訴えてきた部下に事情を説明し、「彼女のやり方は、場合によってはいいと思うけれども、まだまだ手書きの著者も多い。全員がワープロになれば作業も楽になるはずだが、どうすれば手書きの著者にワープロを使ってもらえるだろうか?」という質問を投げかけ、彼女の意識をより前向きな問題に向けてもらうようにしました(協調的支援)。

女性部下の訴えに対してなにより大事なのは、時間を取ってきちんと相手をし、訴える言葉に共感を示すこと。真剣に話を聞こうとする上司の姿勢が、結論にかかわらず部下のモチベーションを高めるのです。

本田有明●人事教育コンサルタント
本田コンサルタント事務所代表。1952年、神戸市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、日本能率協会勤務を経て96年独立。コンサルティングや講演、執筆で活躍。『結果主義のリーダーはなぜ失敗するのか』など著書多数。
 
(構成=久保田正志 撮影=永井 浩)
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