企業債務残高の増加は、リーマン・ショック以降に継続して行われてきたFRBの金融緩和政策により、企業の借り入れコストが非常に低い水準に抑制されてきた結果である。もちろん企業が借り入れを増やすことはFRBの狙い通りであり、これだけならば全く問題はない。
問題は、その使い道だ。FRBが企業の借り入れコストを低下させた目的は、企業が借り入れを増やし、それを設備投資や雇用の増加に使うことにこそある。しかしながら設備投資や雇用の伸びは緩やかなペースにとどまった。これは先述の「履歴効果」により、潜在成長率が低下したことと無縁ではない。すなわち、企業から見た米国市場の成長見通しが低下した結果、従来見込んでいたよりも設備も雇用も必要なくなったということだ。
では借り入れを増やした米国企業は設備投資でもなく、雇用でもなく、一体どこにカネをつぎ込んだのだろうか。それは株式市場であった。企業から見て株式を発行することは資金調達のためのコストである。したがって、株式資本コストよりも借り入れコストの方が相対的に低いのであれば、借り入れをして自社株買いをする企業が増える(コストの高い資金を返済する)。結果として米国企業の債務は積み上がり、他方で自己資本は目減りした。
同時に株式など資産市場での過熱感も高まっている。このように米国の企業部門で発生しているバブルの萌芽を摘み取ることが目的であれば、現在FRBが行っている、やや拙速にも見える出口戦略の遂行も、正当化されうるということになるだろう。
路線継承それとも……重要性を増す次期議長指名
このように現在のFRBが、雇用や物価といった経済変数のみに依存した政策運営ではなく、資産市場の過熱を抑制することをも目的とした金融政策を行っているからこそ、次期議長の人事は死活的に重要な意味を持つ。
FRBのイエレン現議長の任期は2018年2月に終わる。次期議長も同様の政策路線を継承するのであれば、当面は実体経済と資産市場の両方に目配せしながら、バランスの取れた政策運営が行われる公算が大きいだろう。
しかし、次期議長が、決して失業率が示すほどには好況でない労働市場と低インフレを問題視し、金融緩和方向に傾注する場合、資産市場が一層過熱する可能性も指摘されうる。一方で、次期議長が原理主義的なルールベースの金融政策を導入し、失業率の低さを背景とした過度な金融引き締めを推進した場合、実体経済の拡大に水を差すリスクも排除できない。
大和総研 エコノミスト。2007年東京大学経済学部卒業、大和総研入社。11年より海外大学院派遣留学。米コロンビア大学・英ロンドンスクールオブエコノミクスより修士号取得。日本経済・世界経済担当。各誌のエコノミストランキングにて17年 第4位。