「どれも同じ」には理由があった
話は変わる。アクセラ、アテンザ、デミオ、CX-3、CX-5、ロードスターといった、マツダの新世代商品群(2012年2月以降発売の商品。記事冒頭の写真参照)を貫くデザインを見て、あなたはどう思うだろうか。「どれも同じ」に見えるか、「統一感がある」と思うか。
「どれも同じでつまらない」と言う意見はよく目にするが、それをマツダのデザイン部門トップの前田育男常務にぶつけてみると、ここにもコモンアーキテクチャーの思想が色濃く表れていたのである。
デザインにおけるコモンアーキテクチャーには、工学レイアウトと造形という2つの面がある。日本ではデザインというとモノの形を格好良くする話だと思われがちだが、インダストリアルデザインにおけるデザインとはそこに求められる機能を十全に盛り込んで使いやすくすることまでが含まれる。単純な話、どんなに格好良くても、人が乗れないクルマには意味がない。
「人を理想的に座らせる」とは
クルマに人が収まるということは、当たり前に見えて、実はそう簡単なことではない。現在市販されているクルマも、人間工学的に見て正しい座らせ方ができているものばかりではないのだ。着座した時の目の高さが、フロントウインドーの上端に近すぎるクルマはたくさんある。こういうレイアウトだと、時に信号が十分に見えず運転しづらい、といったデメリットがある。天井と頭の距離に圧迫感を受けないかどうかも重要だ。
さらに大事なのは、座った状態で自然に手を伸ばした時にステアリングが握れ、自然に脚を伸ばした所にペダルがあることだ。特に小型車ではこれがオフセット※しているクルマが多数派だ。
※編注:オフセットする……基準とする点や座標からズレていること。
ペダルがオフセットしているとどうなるか? あなたが今椅子に座っているなら、ブレーキペダルの位置を想定して右足で踏んでみてほしい。そのペダルを少し左にあるつもりで踏んでみると、ペダルの踏み方は内股(うちまた)になるはずだ。かかとよりつま先の方が内側に入る感じ。その状態で、ペダルに一定の力を加えたまま、上体を右や左にねじって見てほしい。特に右にねじった時、ペダルを踏み続けることは難しい。
足先をねじる動作は、人体構造的には大腿(だいたい)部の根元をひねる動作だ。ところがそのねじり幅には最大値があり、加齢と共に可動域が減る。だから例えば高齢者が駐車場の精算機でお金を払おうとしたとき、上体のひねりに釣られて足先が動いてしまい、元の位置が維持できなくなる。その結果、ペダル踏力が落ちる。ブレーキが緩んでクルマが動き出し、慌てた時に踏み間違い事故を誘発する。
人間にとって理想的ではないにもかかわらず、なぜペダルがオフセットしているのかと言えば、それは前輪の位置取りに起因している。スペースの限られた小型車の室内空間を広くしようとすれば、ドライバーはできるだけ前に座らせたい。その分、リヤシートが広くなるからだ。しかし小型車のほぼ全てを占めるFF(前輪駆動)レイアウトの場合、エンジンとタイヤの位置関係は動かせない。だからドライバーの着座位置を前進させようとすると、右前輪と干渉してペダルは左に寄るのだ。マツダはエンジンとトランスミッションを新設計して、タイヤの位置を前へ押し出した。こうすることによって、初めて人を理想的に座らせることができたのだ。
マツダはこういう人間工学に基づいた基礎研究を繰り返し、人を座らせるための原則を作り上げた。クルマのサイズや車高によって、座面のサイズや高さは変わるが、人体の構造は変わらない。そういう原則をしっかり研究して、その「公式」を全てのクルマに適用する。デザインにおけるコモンアーキテクチャーとはそういうことだ。