――心を入れず、前のめりですか。

【高橋】無心の境地。面白いのは、ずっと聞いてると、話が一般論に変わっていくんです。私のことを責めていても「だいたい男っていうのは」という話になっていく。怒りのベクトルが私から離れていく。密室に妻とふたりでいると、ベクトルとしてはお互いが向き合って衝突するようですけど、同じ向きに移行していくわけです。そうして「男ってだからダメなんだよね」とうなずいていると、話が早く終わります。

【養老】あるとき、お茶を飲んでいたら、女房から「あなた、人を見る目がないんだから」と言われた。僕は、女房の顔を見ながら「本当にそうだよね」って(笑)。

【一同】(笑)。

【養老】これはX軸とY軸の話なんです。僕は、夫婦の向き合い方は直角がいいと思っている。一点で一致しているけど、ベクトルが90度ずれている。お互いが同じ向きだと、喧嘩はしないけど一人でいるのと変わりません。お互いが正反対の向きでも、トータルの合力がゼロになっちゃう。直角は、夫婦の力が一番出る関係。全く異なる価値観だけど、それが合わされると大きな力が生まれる。「異質なものを取り入れる」と組織も言うでしょう。それですよ。

――そのためには謝ってもいい。

【養老】そうそう。どうしたらぶつからないで、一緒にいられるか。そのために努力するんです。ただし、一点は一致していないと、赤の他人になっちゃう。その一致点は、根本的な価値観です。僕は好きな虫をやるけど、女房は虫に関心がない。でも、「好きなことなら常識の範囲を外れてもいい」という価値観は一致しているんです。

【高橋】私の場合、一致点というのは愛。愛なんじゃないかと。

【一同】ほお。

【高橋】妻が怒るのは、「この人は自分を愛してないんじゃないか」ということを感じ取ったときなんです。愛の感性というんですかね、それが私よりも敏感で、私のちょっとした仕草とか言葉から、何かを感じている。それで毎日毎日、「私のことを愛してるの?」と聞かれているんです。尋問的に。これはもう「愛してるよ」と言わないといけません。最初は抵抗感ありますけど、言ってるうちに慣れてくる。尋問は「どこが好き?」「今日はいつ愛してると思った?」と続くんですが……。

【養老】僕の世代は、愛という言葉は使わないな。愛はクリスチャンの言葉。仏教は「愛は別離の苦しみ」ですから。

【高橋】私もそれ、言いましたよ。でも妻は「だから何?」って。彼女は「愛してる」と言ってほしいと思っている。彼女が言ってほしいんだから、私は言うべきなんです。それこそが「愛」の本当の意味で、仏教を持ち出すと「教義のほうが大事なのか」という話になってくる。

【養老】気遣いの問題はありますね。気遣われてると相手がわかるようにすることは、大事。僕は遠巻きから女房の面倒を見ているわけです。そのことに相手が気がついたら効きます。「ほかのこともそうしてくれてるのかな」と想像力が働くから。一つでも気づいてくれたら大もうけ。