住民投票で独立派が勝つ可能性が高い

離脱に向けて国内法をどう整備するかという問題もある。EU加盟国ではEU法と国内法が齟齬をきたした場合、EU法を優先するルールになっていて、イギリスはさまざまな国内法にEU法を適用してきた。ブレグジットするとなれば、EU法に代わって新たにつくらなければいけない法律が実に1万2000もあるという。2年間でそれだけの法律をつくるのはきわめて難しい。政権与党の保守党から「EU法をコピペ(コピー&ペースト)すればいい」という意見が出てくれば、「そんなことをしたら反対に回って通さない」と労働党が応酬して、漫才のような議論になっている。EU法のコピペで済ますなら、離脱してブリュッセルのコントロールから逃れる意味がない。しかし牛の育て方にしても、搾乳の仕方にしても、いちいちEU法の基準があって、それを厳守しないとEUへの輸出はできないと思われる。新たにUK法をつくるにせよ、EU法との整合は必要だろう。

さらに言えばUK(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)の解体危機という大問題も待ち受けている。3月にはスコットランド議会はイギリスからの独立の是非を問う住民投票を再実施するために、スタージョン自治政府首相がメイ首相と交渉することを承認した。住民投票の実施にはイギリス政府の承認が必要で、メイ首相は今のところ拒否している。しかしスコットランドの人々の意思を力ずくで抑え込むことはできないだろう。先の国民投票ではスコットランドは「EU残留」が多数派を占めた。2度目の住民投票で、「独立したスコットランドはEUに加盟する。ブレグジットでイギリスが享受できなくなる特権を我々はすべて得る」とアピールすれば、独立派が勝つ可能性は非常に高い。2度目の住民投票は2019年夏頃を予定しているようだが、その頃にはブレグジットの恐ろしさが白日の下にさらされて、独立派を後押ししそうだ。

スコットランドの動きに北アイルランドも刺激されている。北アイルランドはアイルランド島にあるイギリス領だが、アイルランド共和国との間に国境がなく、自由に行き来できる。しかし、イギリスがEUを離脱すれば、国境が絶対に必要になる。出入国管理事務所ができて行き来が不自由になれば今、国境を越えて通勤している数十万の人々は仕事を失うことになる。住民の不満が募って、独立の機運が高まる構図が絵に描いたように見える。北アイルランドが独立した場合、EUには加盟しないでアイルランドと一体になる可能性が高い。となればアイルランドへの帰属を求めてきたカトリック系住民に代わって、今度はイギリスへの帰属を求める国教会系の住民がテロリスト化する恐れもある。

ウェールズでも独立問題が再燃していて、かねて指摘している通り、UKの最終形態は「ユナイテッド・キングダム」ではなく、「イングランド・アローン」になるシナリオが現実味を帯びてきた。そうした姿はイギリスのブレグジットが確実になる1年半後には非常にハッキリと見えてくると思う。

交渉の全権を握ったメイ首相も自信が揺らいできたのだろうか。本稿執筆時に、EU離脱に向けた方針の信を問うために、総選挙を前倒しして6月8日に実施すると発表したとのニュースが届いた。野党がまったく人気がない隙を狙った総選挙ではあるが結果次第では、ブレグジットの行方が大きく変わる可能性が出てきた。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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