2000年初頭、リコール隠しやダイムラーとの提携問題で一度は地に落ちた三菱ブランド。しかし、金融危機が業界を直撃した後、長年の希望を背負った電気自動車がにわかに世界へと走り出した。
城下町の風情あふれる四国・松山市。狭い路地を、屋根の上に「富士」と書かれた楕円形の可愛らしい乗り物が走り抜ける。2009年夏、市内の「富士タクシー」に、次世代エコカーの本命の一つとされる電気自動車(EV)が納車された。三菱自動車が7月下旬、正式に販売開始した世界初の量産EV「アイ・ ミーブ(i-MiEV)」だ。
納車式には、三菱自動車から国内営業を統括する常務・相川哲郎が駆けつけた。技術畑の相川は、たび重なる不祥事で企業としての存続すら危ぶまれる中、ブランド復権を目指し、電気自動車の開発を強力に推した立役者だ。
「車そのものは軽自動車規格。タクシーに使っていただけるのは信頼の証し。これまでの車とはまるで違う静かさやスムーズさというEVの特性を、日々、多くの方に体験していただけるのも嬉しい」
社運を懸けたアイ・ ミーブが 「エコ・タク」として走り出すのを見て、相川は目を細めた。
タクシー会社ばかりではない。オール電化を進める東京電力も「急速充電器との整合性など、実証試験から共同で取り組んできた」(東京電力・森尻謙一販売営業本部営業部生活エネルギーセンターデザインセンター所長)。全国で12万台以上の郵便車両を保有する日本郵政グループは「2009年度からバイクも含めて集配用車両の大部分を電気自動車に順次更新する方針」(郵便事業会社・山田春樹経営企画部環境・社会貢献室長)を打ち出した。各自治体や、田辺三菱製薬、三菱マテリアルなど多くの企業が業務用車両として電気自動車の導入を開始している。
コンビニ大手のローソンはEVを購入するだけでなく、店舗の駐車場にEVのバッテリーに短時間で必要なエネルギーを供給する急速充電器を設置する計画を進めている。アイフルホームなどの住宅メーカーは太陽光発電とセットでEV対応の「エコ住宅」の販売を開始した。
電気自動車は究極のエコカーである半面、「価格がバカ高い」「1回の充電で走行可能な距離が短い」「充電に時間がかかる」といった弱点を抱える。しかし、実際に運転してみると、とにかく静かな走りに魅了された。それまでは車の楽しさと思っていたエンジン音や振動が、急に20世紀のものに感じられてしまうほどだ。EVの走りの楽しさは、まったく新しい感覚のものといえるだろう。
「アイ・ ミーブの市場投入は、頂点技術、新しい時代への挑戦。次の100年への扉を開くパイオニアとなり、EVの普及を加速させる役割を担いたい」
世界環境デーの2009年6月5日、三菱自動車社長の益子修は記者発表会でこうぶち上げた。会場の東京・田町の本社ショールームは、久しぶりに大勢の報道陣が詰めかけて熱気に包まれていた。