2年半も続いた輸入禁止のダメージ

安部会長と吉野家の歩み(時事通信フォト=写真)

【弘兼】安部さんが社長になってから、また吉野家に試練が訪れます。2003年12月、アメリカのワシントン州でBSE(牛海綿状脳症)感染の疑いのある牛肉が発見。日本の農水省がアメリカの牛肉の輸入を禁止し、吉野家から牛丼がなくなりました。米国産の牛肉ではないと吉野家の味が出ないものですか?

【安部】穀物飼育の米国産牛肉を加熱したときに出るジュースに、タマネギの糖度、白ワインをベースにしたタレが加わる。それを大鍋で煮ることで吉野家の味になります。素材が替わるとタレの構成成分を替えなければならないのです。実は以前から米国産の牛肉が調達できないという事態を想定してシミュレーションはしていました。

【弘兼】つまり、オーストラリアのオージービーフ、ブラジルなどの南米産の牛肉を使うということですね。

【安部】ええ。米国産牛肉に頼っている以上、リスクはあると考えていました。そこでわかったのは、牧草飼育中心のオーストラリアはもちろん、中南米諸国の牛肉のうち、吉野家の牛丼のタレに合うものをかき集めても100店舗を維持するのが精一杯ということでした。アメリカというのは、穀物飼育の牛肉を大量に生産していた唯一の国だったのです。

【弘兼】つまりアメリカ産抜きでは、約1000店舗ある吉野家の牛丼の味が提供できない、と。

【安部】吉野家を支えてくださっているお客様はヘビーユーザー、常連客。いつもと違う味の牛丼を出せば、これは吉野家の味ではないと失望される。一口食べて、吉野家の味だとわかってくださるお客様がいることが我々の誇り。ここにダメージを与えることは、後々、ブランドへの信頼を損なってしまう。

【弘兼】かつてフリーズドライの肉を使用し、経営危機に陥ったという経験があった。

【安部】はい、その通りです。なぜ、吉野家を選択していただいているかというと、今までの吉野家の味、サービスの蓄積があるからです。その期待を裏切ることは最もよくない。

【弘兼】他の牛丼チェーンは、アメリカ以外の国から牛肉を調達して牛丼の提供を続けたところもありました。

【安部】ほかでできているんだから、吉野家でもできるだろうという意見はたくさんいただきました。お客様は出せ、出せとおっしゃったけど、そうした熱心なお客様は、味が違っていれば、これは吉野家の牛丼ではないと失望すると思ったのです。期待を裏切るぐらいならば輸入が再開するまで休もうと判断しました。正直なところ2年半も輸入禁止が続くとは思っていませんでしたが。