弘兼憲史の「日本のキーマン」解剖 #吉野家 #牛丼 2017/04/26 9:00 #20 #21 #22 #23 #24 #25 「吉野家」5人のクレージーが会社を成長させる PRESIDENT 2017年3月20日号 弘兼 憲史 +フォロー 漫画家 安部 修仁 +フォロー 株式会社 吉野家ホールディングス会長 前ページ 1 2 3 4 5 6 ここから先は有料会員限定です。登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。 今すぐ登録して続きを読む (最初の7日間無料・無料期間内はいつでも解約可) プレジデントオンライン有料会員の4つの特典 広告最小化で快適な閲覧 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題 ビジネスに役立つ学びの動画が見放題 会員限定オンラインイベント 有料会員サービスに関する詳細はこちら ログインして続きを読む (田崎健太=構成 大槻純一=撮影(対談) 時事通信フォト=写真) 【関連記事】 好調の吉野家、「女性向け牛丼」で追い上げなるか 豚丼10円値上げを成功させた「一言」 これからの「牛丼業界」の話をしよう インフレ目標あざ笑う小売り・外食“価格崩壊” ぼったくられないための「モノの原価」大辞典 1 2 3 4 5 6 弘兼 憲史(ひろかね・けんし) 漫画家 1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。 <この著者の他の記事> 「仕事をしながら死にたい」弘兼憲史<後編> 安部 修仁(あべ・しゅうじ) 株式会社 吉野家ホールディングス会長 1949年福岡県生まれ。1967年福岡県立香椎工業高等学校卒業後、プロのミュージシャンを目指し、上京。バンド活動の傍ら、吉野家のアルバイトとしてキャリアをスタート。1972年吉野家の創業者 松田瑞穂氏に採用され、正社員として吉野家に入社。1980年に倒産した吉野家の再建を主導し、1992年に42歳の若さで社長に就任。2000年には東京証券取引所第1部に上場を果たす。在職中はBSE問題、牛丼論争と呼ばれる熾烈な競争を社員の先頭に立って戦い抜き、元祖牛丼屋である“吉野家の灯り”を守り続けた。2014年5月に吉野家ホールディングスの代表取締役を退任し、若い後進に道を譲る。この勇退劇は後継者不足に悩む企業経営者に衝撃を与えた。現在は若い世代に自身の経験を伝えるため、精力的に活動している。著書に『吉野家 もっと挑戦しろ! もっと恥をかけ!』(廣済堂出版)、共著に『吉野家で経済入門』(日本経済新聞社)などがある。 <この著者の他の記事> トップリーダーには、クレイジーな人を選びたい 関連記事 好調の吉野家、「女性向け牛丼」で追い上げなるか 豚丼10円値上げを成功させた「一言」 これからの「牛丼業界」の話をしよう ランキング 1位 1回10分・室内でもできる…整形外科医が「姿勢も血流もよくなる」と勧める"肋骨ウォーキング"の効果【2026年1月BEST】 ランキングをもっと見る ビジネス #吉野家 #牛丼 #外食・流通 #戦略