クモは地球上で最も強い虫

【田原】それでクモの糸というテーマを見つけたのですね。直接のきっかけは何だったのですか。

【関山】研究室のメンバーと飲んでいるときに、たまたま虫の話になりました。化石を見ていただくとわかるのですが、じつは虫は4億年前ぐらいから形が変わっていません。ゴキブリはずっとゴキブリの形をしているし、トンボはずっとトンボです。ということは、虫はそれ以上進化する必要がない洗練された生き物だと考えることもできます。虫が洗練された生き物だとしたら、虫が使っているテクノロジーもじつはものすごくて、産業用に活かせるかもしれないという話で盛り上がったんです。

【田原】虫の中でもクモに目をつけたのはどうしてですか。

【関山】どうせなら一番強い虫を研究したいという話になりました。一般的に最強と言われているのはスズメバチ。でも、そのスズメバチを捕食する虫もいる。それがクモです。あるメンバーは、クモの糸はジャンボジェットをつかまえられるくらいに強いという。そんな素材を大量生産できたら、すごいじゃないですか。いまは多くの素材が石油からつくられていますが、石油が枯渇したらそれを代替するものが必要になります。ただ、これまで環境にいい素材は機能性がいまいちで、使いものにならなかった。クモの糸なら環境性と機能性を同時にクリアできるかもしれない。そう考えて研究をスタートさせました。

【田原】おもしろい。でも、これまでほかの研究者たちは同じことを考えなかったんだろうか。

【関山】アメリカ軍がクモの糸を人工合成しようとしていたことがあります。ただ、彼らが使っていたのはヤギなんです。クモの遺伝子をヤギの乳腺の中に組み込んでお乳を絞り、その中からクモの糸の成分を抽出して糸をつくるのですが、このプロセスではコストがかかりすぎて話になりません。現実的なのは、微生物を使ったプロセスです。クモの遺伝子を微生物に組み込み、糸の成分になるたんぱく質をつくらせるのです。このプロセスは90年代からデュポンや東レなど繊維メーカーも含めて多くの研究者が挑戦していましたが、生産性が悪くてほとんどが頓挫していました。