エンパワーメントコンセプトに基づく労働政策は、働く人の自由度を拡大しつつ、同時に支援を強化するという面をもつのである。そうした意味で、これまでの働く人保護か、規制緩和かというパラダイム対立とは異なる基盤に立つ。
したがって、働く人のエンパワーメントという意味では、今後、労働市場の規制緩和を進めるとともに、どういう支援を働く人に提供していくかが、大きなポイントであると考えられる。ここでは3点を指摘したい。ちなみに、この3つは、特に新しいことではなく、すでにほかの研究者によっても同様の指摘がされている(たとえば、鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著『労働市場制度改革』日本評論社、09年)。
まず第一に重要なのが、企業内人材育成および、働く人の自らの能力開発への支援強化である。働く人のエンパワーメントという意味では能力開発が最も大きな役割を演じる。
ただ、この連載で何回も指摘してきたように、働く人の能力開発に関するノウハウという意味では、企業の中にもっとも多くの蓄積がある。戦後日本の社会は、雇用のための人材開発において、企業による育成に大きく依存してきており、逆に、私が所属するような教育機関は、基礎学力の整備という意味での貢献にとどまってきたのである。この体制が変化するとしても、今後も蓄積が多い企業内での能力開発のノウハウを活かすことが大切であろう。企業内能力開発の維持と発展のための政策的な支援が重要である。これなしでは、日本の職業的能力開発は明らかに滞る。
だが、同時に能力開発の責任を企業から個人へ移管する動きも目立っている。コスト削減圧力のもとで、企業が育成に対する投資を少なくしているのだ。また、すでに述べたように、非正規人材が企業内育成から取り残されるケースも増えてきた。さらに非正規従業員だけではなく、選抜型育成の普及などにより、正規従業員のなかでも育成機会を享受できる人とそうでない人が区別されてきた。
したがって、働く人のエンパワーメントのためには、もう一つの面として、自己による能力開発を支援することが必要である。税制面での工夫もあるだろう。また、労働時間面での工夫もあるかもしれない。また場合によっては、ある程度強制的に、自己能力アップの機会を受けなくてはならない仕組みをつくる必要もあるのではないかと考えている。いずれにしても、働く人が自分で自分のスキルを磨いていく投資への支援が必要である。