だが、今のように正規労働者と非正規労働者の区別、正規労働者のなかでもいい企業に就職した人とそうでない人が、キャリアを通じて、大きく区別される状況で、格差を少なくするための有効な方法なのである。格差というのは、固定化を防ぐことが何よりも大切であり、固定化を防ぐには、公正な競争を起こすことも重要な一つのやり方である。そのためには、正社員の雇用パターンの改革を行わざるをえない。また、同時にそれは、大きくストレッチする機会を与えるという意味で、働く人のエンパワーメントになる。前述したバートレットらをもち出すまでもなく、自らに力をつけるためには、ストレッチを繰り返す必要があるのだ。もちろん、今の正社員がストレッチしていないというつもりはない。皆ぎりぎりまで働いているのだ。

ただ、長時間労働やノルマを達成するためのストレッチではなく、自らの能力を開発し、その成果が公正に評価されるという自然な競争によるストレッチが、労働市場全体でもっと促進されるような改革が必要である。一筋縄ではいかないことはよくわかっている。また、私自身を含めて、誰もが安泰を好むことも理解している。でも、私には、こうした労働市場における公正な能力開発競争を支援していかないと、いずれは、格差が固定的になりすぎて、誰も意欲がわかない社会になってしまうという危機感がある。

いうなれば、エンパワーメントに基づく労働政策は、企業だけではなく、働く人もある程度の努力をすることで、強くなろうと考える仕組みである。これまでのような弱い労働者を保護することで、逆に働く人からパワーと選択肢を奪うという流れは断ち切る必要があるのである。

あくまでも私見である。ただ、こうした議論を始める時期にきているにもかかわらず、議論さえも始めようとしない新政権に私は不満なのである。

(平良 徹=図版作成)