撤退の原因は組織の個人商店化
新国立競技場のプロジェクトは、どこに問題があったのか。倉益氏は4つのポイントを挙げる。
1つめは「リーダーの不在」。新国立競技場の建設では文部科学省、JSC、デザインコンクール審査委員会など、複数の組織が関わり、プロジェクト全体について意思決定ができる責任者はいなかった。そのため最終決断は、企業でいえば社長にあたる総理大臣にまで持ち越された。
企業では通常、プロジェクトマネジャーがリーダー役だが、倉益氏は「マネジャーにその自覚がなければ、リーダー不在と変わらない」という。
2つめは「曖昧な目標」。目標設定が甘く、仮に目標はあっても達成意欲が低い状態だ。今回の件でいえば、1300億円という当初のコスト目標は置き去りにされた形だ。
3つめは「全体観の欠如」。倉益氏によれば、業務の担当が細かく分けられると、プロジェクト全体を捉える意識が薄れ、大きな目標を見失ってしまうことがあるという。
安藤忠雄氏は記者会見で、「私たちが頼まれたのはデザインの選定まで」「(基本設計以降に)アイデアに対する質問にはお答えすることになっておりましたけど、いっさい質問はありませんでした」と言うが、デザイン、各組織で全体観を捉える意識が弱かったとも考えられる。
企業のプロジェクトチームでいえば、1つの業務を1人のメンバーに任せることが多い。いったん業務が割り振られると、他人の業務は見えにくくなる。インパクト・メソッドではこのような状況を「個人商店化」と呼ぶ。
「個人商店化が進むと、仕事を割り振ったマネジャーでさえ、1人ひとりの業務について品質や進捗が把握できないことがある。スケジュールが遅れる原因になります」
4つめのポイントは「コミュニケーション不全」。倉益氏によれば、職場の理想的なコミュニケーションは、メンバー同士が業務の垣根を越えて意見を出し合うことだという。隠れた問題、課題を捉えて見える化していく未来志向の議論で、「段取りコミュニケーション」と呼ぶ。
新国立競技場の機能を決めたJSCの有識者会議では、出席者は自分が属する団体の要望を訴えるだけで、求められる機能と工期、コストのバランスまで全員でチェックする意識が不足していたのではないか。
「リーダー不在は曖昧な目標、全体観の欠如などの問題を生みますが、その背景にチームがコミュニケーション不全に陥っていることがよくあります」