英語は何のために勉強するのか

【三宅】千田先生はもちろん、TOEICで900点をはるかに超えるスコアを持っていらっしゃいます。けれど「次は満点取る」と宣言されたら、北岡さんにひどく叱られたそうですね。

【千田】怒られました。955点取ったときに「次は満点取りますから」って言ったら、ものすごく怒られました。「もう見栄で受験するのはおやめなさい」と。テストのための勉強、試験のための勉強、学習のための学習はやめなさいということでした。「英語を勉強するのは何のため?」「英語の先に何をめざしているの?」という問いかけでもありました。

「もっと英語を使って、コミュニケーションする場をつくるとか、友だちをつくるとか、そっちのほうが大事でしょう」とも言われました。そのことは、僕が「英語で勉強する会」の世話役をするきっかけにもなりました。

千田潤一・アイ・シー・シー代表

北岡さんは、いまを予測していたのでしょうね。「このテストが普及すると、スコアが高いから偉いとか、満点を取ったら偉いという風潮が出てくるよ」と言っていましたから。それは北岡さんのめざしたものではありません。めざしたのはコミュニケーション能力。

「コミュニケーション能力とは、友達をつくる力、友達と仲良く喧嘩する力、喧嘩した友達と1日も早く仲直りする力……そういう力をつけ、何百万人単位の日本人が、何千万単位の世界の人々と友人関係をつくることができたとき、はじめて国際コミュニケーション能力を身につけたことになるし、日本は世界から尊敬される国になる。追いかけるのは、スコアじゃなくてスキル。追い求めるのは、スコアじゃなくて友人。そして人間」。そういうことを、しょっちゅう言われていました。

メディアも「連続何回満点の秘訣」とか、あおってはだめです。私は、企業の人事・研修担当者向けのセミナーで講師も務めていますが、そのときに「TOEICで満点を取った学生を優先的に採用する会社の方は手を挙げてください」と問いかけます。しかし、これまで、1人として挙手した人はいません。それだけを基準にはできないとわかっているからです。

【三宅】79年に第1回のTOEIC公開テストがあったわけですが、受験者がその当時は3000人。

【千田】2773人です。この数字はTOEICの財団にもデータがなくて、私の那須の家の「個人ファイル」にありました。

【三宅】それが、昨年には、TOEICプログラム全体の年間の受験者が、262万人となったわけです。いまや、英語学習者、あるいは企業関係の人で、TOEICを知らない人はいないでしょう。ここまでTOEICが有名な試験になって普及されるまで、千田先生にはどのようなご苦労があったのでしょうか。

【千田】私が関わったのは90年から。そのときには、TOEICを知っている人はほとんどいません。なにしろ、きちんと読んでもらえませんでした。「トーエック」とか「あれ、TOEFLではないのですか」とか。受験者は、当時で20数万人。いまの10分の1ですよね。そこから25年間ずっと、TOEIC普及のお手伝いをしてきました。

私は主に大学を回りましたが、英語教員は、まったく興味なし。ただ、大学生協が興味を持ってくれました。組合員である学生たちの就職支援活動の一環として、「世の中に出るとTOEICという試験を使っているぞ」と一生懸命応援してくれたんです。大学生協扱いのTOEICを日本で最初に団体で採用した大学は、千葉商科大学。応援してくれたのは、英語の先生たちではなく、太田信雄先生というドイツ語の先生でした。以来、大学から大学へとTOEICを理解してくださる先生方を求めて全国を回って歩きました。