担当役員を持ち上げる開発室長
「○○さんのおかげで……」と恥らいもなく、口にする男は得てして出世する。
児童文学の本などをつくり、販売する会社がある。正社員は、150人ほど。2011年、この社長室に筆者はいた。居合わせたのは、社長と、開発室長(部長)の40代後半の男性だった。室長は、「東北の震災で亡くなった子どもを素材にした本をつくりたい」と提案していた。
そして、上司である、開発室担当役員のことを「○○さんのおかげで……」と社長の前で、持ち上げていた。筆者が知る限りでは、担当役員はそこまで立派な仕事をしているようには見えなかった。勤務時間中、寝ることしかしていない。
それでも、室長は「○○さんのおかげで……」と役員を何度も持ち上げた。ところが、社長室を出て、階段の踊り場にさしかかると、声の調子が変わる。
「吉田さん、さっきの震災の遺児を扱う本の企画書を今週末までに書いて、僕のところへ送ってくれる?」
この「送ってくれる」は、筆者に確認しているのではなく、限りなく、命令口調だった。語尾のイントネーションは上がるのではなく、なぜか、下がるのだ。筆者は社外の者でありながら、いきなり、「部下」のような扱いを受ける。
10日後くらいに、社長室でふたたび、3者で企画について話し合った。社長が企画書に目を通し、「これはいいね」とほめる。すると、室長は「○○さんから助言をいただいて……」と、その場にはいない担当役員を持ち上げる。
せめて「吉田さんのおかげで……」と口にしてくれると、筆者としては多少納得できるのだが、そんな言葉は一切なかった。
この室長は、昨年から役員をしているという。上司であった担当役員の推薦などがあり、社長が決めたのかもしれない。
出世する人の口ぐせである「○○さんのおかげで……」は、実に怖い。冒頭で紹介した新入社員の中には、数十年後にこの言葉をつかい、会社をいつしか占拠している者がいるのかもしれない。その陰で、かぞえきれない人が無念の思いを持つことになるのだろうか。
拙書『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』(KADOKAWA)では、こんな口惜しい思いをする人から情報提供を受けた。「○○さんのおかげで……」と恥らいもなく、口にする男たちは、筆者の取材依頼をことごとく断った。