「俺があいつらを潰した」と決して口にしない
この言葉をどこかで聞いたことがないだろうか。
「俺があいつを育てた……」
出世する人も、落ちこぼれになる人も使う。その意味では、微妙な口ぐせだ。
拙著『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』(KADOKAWA)を書き上げるために取材した一例を挙げたい。都内に教材をつくる会社(社員数200人)がある。教材編集部の部長(40代男性)だった男性は、20代で頭角を現しつつある女性を差し、こう言っていた。
「俺が彼女を鍛えた」「あの女は、教えがいがあった」……。
男性はその後、役員となった。小さな会社であり、離職率は相当に高く、30年近く在籍すると、ほとんどが役員になる。企業社会では「出世した人」とは言い難いが、この会社では「抜群の出世頭」である。
役員が教えた中には、伸び悩んだり、不満を持ち、辞めた社員が少なくない。ところが、つぶやくのは、あくまで「俺が彼女を鍛えた」「あの女は、教えがいがあった」である。「俺があいつらを潰した」「苦しめた」とは、決して口にしない。
それでも、200人の会社ならば、「事実」として浸透する。役員が「俺が彼女を鍛えた」と10回、つぶやくと、それが口コミで伝わる。早いうちに、ゆるぎない「事実」となっていく。さらに繰り返して口にすると、役員の求心力はますます強くなっていく。
この役員に潰された社員のことは、社員らの間で話題にすらならない。ごくたまに話に持ち上がるのは、「あの人は素行などに問題があり、辞めざるを得なかった」というゴシップである。これもまた、役員が吹聴しているのだという。
この会社は、新卒・中途ではいる社員のレベルは大企業に比べると低く、管理職になる社員のレベルも高くはない。ましてや、小さな会社だから、社員たちが1つになろうとする空気は大企業よりは強い。
このような職場では、役員の口ぐせが社内の隅々に浸透しやすい。多くの社員が役員にひたすら従い、媚びる。その数は、200人の会社ならば180人にはなるだろう。