インテリジェンスより真摯さを大事にせよ

――たしかに、部下の強みに注目し、それをいかせる人がマネジャーになれば、組織としてのパフォーマンスは上がりそうです。しかし、日本の会社では、高学歴の人やプレーヤーとして成績を残した人がマネジャーに昇進しやすい傾向があるように思えます。

少し長くなりますが、ひとつの例を挙げてみましょう。

「家電メーカーのマーケティング部門に勤めるMさん(35歳、女性)は、管理職に昇進して2年目に大きなチャンスを迎えました。マーケティング、営業、開発、生産など複数の部門が一緒になって立ち上げた重要なプロジェクトのリーダーに抜擢されたのです。大学時代は組織論のゼミに在籍し、入社してからもビジネス書を読みあさり、社内外の勉強会にも積極的に参加してきた彼女は、「これまで学んできた知識をやっと使える」と感じていました。

プロセスの徹底を重視するMさんは、業務の流れ、情報の流れを可視化し、各部門のミッションが実行できるよう、さまざまな課題を整理しました。ところが、なかなかプロジェクトは前進しません。部門間のギャップが埋まらないのです。そこで、Mさんは議論の内容を論理的に整理し、議事録にして共有しました。次回ミーティングまでのToDoを、ウェブシステム上の所定のフォルダに保存して、メンバーに通知しました。

それでも、プロジェクトの議論は前に進みません。会議中にメンバーとぶつかってしまうことも多くなり、Mさんは体力的にもメンタル的にも追い込まれていきました。抜擢から5カ月がすぎたころ、Mさんは上司のGさんに呼び出され、こう言われました。「よくやってくれた。しかし、少し疲れが出ているようだ。いったんプロジェクトリーダーのミッションから離れ、リフレッシュしなさい」

Mさんがリーダーを降りたあと、プロジェクトはGさんが仕切りました。役員でもあり、多忙なGさんの右腕になったのは、20代後半の女性社員Sさんでした。Sさんは、Mさんと違って、専門知識があるわけでも、頭が切れるわけでもありませんが、ふだんから誰とでも分け隔てなく、朗らかにコミュニケーションできる人です。

Sさんがプロジェクトに加わってから、ミーティングに変化が起こりました。沈黙か口論か、どちらかだったのが、建設的な話し合いができるようになってきたのです。Sさんは、担当者がためこんでいる想いや理想、それぞれの部門が持っている強みを引き出すように会話を進めていました。

また、Sさんは自社製品にほれ込み、思い入れが強い社員でした。こんな製品をつくれるなんてすごい、とプロジェクトのメンバーをリスペクトしています。メンバーが無意識に語る理想やアイデアに心から共鳴し、どうすればそれが実現するのかというベクトルで話を進めていきました。メンバーはそんなSさんにのせされて、プロジェクトの目的やめざす理想について積極的に意見交換できるようになっていったのです」

ドラッカー教授は、いい上司の条件の二つ目として、こうつけくわえるはずです。「インテリジェンスより真摯さを大事にする人をマネジャーにしなさい」。Mさんが持っている知性はたしかに重要です。しかし、プロセスを徹底することがマネジャーの最大の仕事ではありません。マネジャーの最大の仕事は、部下をいきいきと躍動させること。管理職でも、切れ者でもないSさんが持っていた「真摯さ」とは、「終始一貫、本気で、チームの目的を達成するために力を尽くす姿勢であり、人間性」です。わかりやすく言えば、「本気で成功させたいと思っている」「本気でいいチームにしたい」という思いです。

マネジャーの資質とは役職でも年齢でもなく、その人の内面にあるものです。知識、実績、技能、資格……多くの会社でマネジャーになるために必要とされる評価項目と、ドラッカーが考えるマネジャーとしての能力には、大きなギャップが存在しているのです。