勝利を確信し、ウインドブレーカーを脱いだ

この年のペナントレースは、江川が16勝9敗3セーブ(防御率3.27)、西本が15勝10敗(同3.84)。江川の成績が上回っていたが、日本シリーズに入ってからは、西本が2勝(江川は1敗)を挙げ、安定した投球を見せていた。

王の進言も、藤田の決断も間違っていたとはいえまいが、「西本」というアナウンスを聞いたとき、捕手の山倉和博は複雑な気持ちに襲われたという。

「第6戦前夜、東京都下の立川市にある宿舎で、中畑さんと江川の3人でウイスキーを飲んだんです。飲んでいるうちに、だんだん盛り上がってきましてね。中畑さんが『あしたは、おれが打って日本一を決めるぞお!』と叫ぶと、江川も『よおし、おれは最後を締めて日本一の胴上げ投手になるぞお!』と気勢を上げました。中畑さんが逆転打を放ったまでは、シナリオどおりだったんですが……」

9回裏、マウンドに立った西本が、先頭打者の6番・テリー(右翼手)をセンターフライに打ち取ると、勝利を確信した藤田は、

「しめた。あと2人だ」

と、ウインドブレーカーを脱いでしまった。それが巨人暗転の始まりだった。

西本は「人生意気に感ず」タイプの男だけに、日本一を決めるマウンドを藤田から託され、気合いが入っていたが、皮肉なことに、この日の西本のシュートは切れがよすぎた。7番・山崎裕之(二塁手)にボテボテのゴロを三遊間に打たせたが、大きくはずんでしまい、レフト前ヒット。代打・片平晋作がライト前ヒット、代打・鈴木葉留彦もレフト前ヒットでつづき、一死満塁。

1番・石毛宏典(遊撃手)の打球はショート前の平凡なゴロだったが、今度は当たりが弱すぎて内野安打になり、三塁ランナーが生還。3対3の同点になった。

試合は延長戦に突入し、延長10回裏、今度は江川がマウンドにのぼった。先述したように、前夜にウイスキーを飲んだ際、胴上げ投手を誓った江川だったが、同点からの登板を強いられ、気合いが入らなかったのかもしれない。

二死一、二塁から、代打・金森栄治に3球カーブをつづけ、レフトオーバーの二塁打を浴び、3対4でサヨナラ負けを喫した。

9回裏、日本一まであとツーアウトに迫りながら勝利を逃した藤田は、のちに反省の弁を述べている。

「最大のミスは、私が胴上げの瞬間を頭の片隅に描き、準備のためにジャンパーを脱いだことだろう。心の隙、油断が敗戦につながったのだ……」