勝負強い監督、接戦に弱い監督……、監督の発想は、すべて現役時代のポジションから湧き出ている。歴代監督をポジション別に徹底分析する。
投手出身監督は自己中心的発想
巨人V9後の40年間、捕手出身監督が13回も日本シリーズを制しているのに対し、投手出身監督はその半分以下の6回しか日本一になっていない。
金田正一(ロッテ) 1回
権藤博(横浜) 1回
渡辺久信(西武) 1回
星野仙一(楽天) 1回
スター選手が圧倒的に多いポジションにもかかわらず、なぜ日本一になる投手出身監督が少ないのだろうか。その謎を探っていくと、投手ならではの立地条件に行き着く。
第1回で記したように、捕手は背後に立つ球審の癖や性格まで目配り気配りするため、視野は360度と広いのに対し、投手はランナーがいなければ、捕手と打者しか見ないため、視野はせいぜい30度と狭い。
捕手はマスクをしているため、打撃でよほど目立たない限り、顔と名前を覚えてもらえないが、投手はマウンドというグラウンドでいちばん高いところに立ち、いつも全身にスポットライトを浴びている。野球場の照明というのは、すべてがグラウンドの中心であるマウンドに向かっているのである。
高いところに立ち、燦々と光を浴びる投手が自己中心的な発想に陥るのは必然といっていい。典型的な投手出身監督を真っ先に挙げるとすると、星野仙一であろう。昨年こそ、楽天を率いて日本一に輝いたが、それまでは日本シリーズ3連敗。日本一を逃した回数がもっとも多い投手出身監督である。
監督・星野の日本シリーズ初陣は、1988年。敵将は捕手出身監督の森祇晶。第1戦の分岐点は西武に1対4とリードされた8回裏。中日が無死一、二塁とチャンスをつかみ、1番・彦野利勝が右打席に入った場面だ。
ここで、森は投手を先発の渡辺久信から東尾修にスイッチした。
「コントロールのいい東尾に代え、星野監督の出方を探ったんだ。バントで送るか、右打ちをしてランナーを進めてくるかで、星野監督の野球哲学がわかると思ったんだ」
ところが、彦野はシュートを強引に引っぱり、三塁ゴロ併殺打。それを見て、ほくそ笑んだのが森だ。星野中日が勢いだけでセ・リーグを制したチームだと見抜いたからである。中日はなすすべもなく1勝4敗で敗れた。