家族の前では照れて歌を歌えない

寝たきりの老人を風呂に入れることはもちろんのこと、このように落ち込んだ気持ちを明るくさせることは家族ではできません。私も父の前では努めて明るく振舞い明るくさせようとしましたが、お互いを知り抜いた肉親ではそれにも限界があります。

好きな歌を歌ってもらおうとしても、照れがあって歌えるわけがありません。それどころか、明るく振舞っているのにそれに応えてくれないということで感情がもつれ、険悪なやりとりになることさえありました。

訪問入浴のスタッフは、その壁をいともたやすく越えてくれた。笑った父を見た時は感謝の思いで胸がつまりそうになりました。

と同時に目を見はったのはスタッフのチームワークのとれた仕事ぶりです。限られた時間で、それぞれがすべきことを淡々とこなしていく。3人で力を合わせるとはいえ、65キロはある父をベッドから浴槽まで負担をかけないようスムーズに移動。しかも、この時ミスは絶対に許されないわけです。そのうえ、声掛けを絶やすことなく明るい雰囲気づくりまでしてしまう。まさにプロの仕事だと思いました。

後にケアマネージャーに聞いたところ、訪問入浴は本当に重労働だそうです。父がサービスを受けたのは11月の寒い時期でまだよかったようですが、夏場の暑い時期は準備でも大汗、サービス中も大汗をかく。1日に3~4件こなす時などは脱水症状で朦朧とすることもあるそうです。それでも決してミスは許されない仕事であり、介護に対する使命感がないととても務まらないとのことです。

また、こんなことも言っていました。

「さまざまな介護サービスがありますが、ほぼ100%の方が喜ぶのは訪問入浴ですね。最初は恥ずかしさなどもあって抵抗を感じる方もいますが、一度体験するとそれもなくなり、待ち遠しくされるケースがほとんどです」

在宅で介護サービスを受けることは他人を家に入れることであり、当初はそれに抵抗を感じる人も多いようです。私はそうした抵抗はさほどありませんでしたが、若干の緊張はありました。が、一度入浴のサービスを受けてからは、こんなにありがたいものはないと思うようになった。これをきっかけにさまざまな介護サービスを積極的に受けいれることになるのです。

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