誰も知らない事実に辿り着いた瞬間の喜びが取材を続ける原動力だ、と小野一光さんはいう。
〈戦場から風俗まで〉をテーマに、小野さんはカンボジアやアフガニスタンの内戦を取材し、3.11の翌日には福島に入った。また風俗で働く女性へのインタビューを継続し、様々な殺人事件の現場に足を運んできた。
「みんな爽やかで前向きな物語を望んでいるのか、陰惨な事件はあまり読まれません。事件自体もすぐに忘れられてしまう。割に合わない仕事だと思うのですが、いつもそんな現場に身を置いてしまうんです。得なことをするのが恥ずかしくて(笑)」
尋常ではない――と小野さんが直感したのが「尼崎連続変死事件」だった。ささいな口実をきっかけに親族や知り合いの家庭に入り込み、互いに暴行や虐待を行わせる。中心人物とされる角田美代子の周辺では少なくとも8人が死亡。その一方で親族など10人が殺人や死体遺棄などの罪で起訴されている。
「開き直って、尼崎をしつこく歩くしかなかったんです。尼崎の関係者は殺到するメディアに嫌気が差して口を閉ざしていた。ひとりなので機動力もなく被害家族が暮らした滋賀や香川などには通えませんでしたから」
ひとつの出会いが、小野さんを誰も知らない事実のトバ口に立たせた。尼崎を歩き回るなかで美代子と近い人物と知り合うことができたのだ。120日を超える尼崎滞在で小野さんは地元の飲み屋に通い詰めて美代子を知る人たちに近づき、事実を積み重ねていった。
外の家族を破壊して血の繋がりの脆さを見せつけ、疑似家族の結束を固める。そんな美代子の手口は、家族愛に飢えた生い立ちと切り離せない。小野さんはこう記す。〈美代子は決してモンスターではない〉と。
美代子の自死で事件の真相が語られる機会は失われた。けれど、と小野さんはいう。
「残された加害者は自分の罪深さを徐々に自覚するはず。発表できる場がある限り、新たな事実を掘り起こしていきたい」