「『削ってやった』は聞いたこともない」

この時点で「初動対応」を誤ったといえよう。本来なら、ここで更迭すべきだった。首相や木原官房長官には、地元の道路予算を削減することで自分の力を誇示し、投票行動に影響を及ぼそうとする政治家に即レッドカードを出すというセンスがなかったといえる。

首相らは、簗氏が国交省に問い合わせただけで、何も働きかけていない、という報告を内々受けていた。道路予算を増減する権限がないのに、身内の会合で自分の政治力を誇張して話したに過ぎないのだから、発言の撤回、謝罪で乗り切れると読んだ。どう受け取られるかというところに考えが及ばなかった。

簗氏の入閣は、首相の特別枠だった、と聞く。9月の内閣改造後の記者会見で、今回の顔ぶれについて「選挙に強い人を選んだ」と言いながら、簗氏は閣僚で唯一、小選挙区選で落選していた。旧安倍派で、政治資金収支報告書に1746万円の不記載があり、党から役職停止6カ月の処分を受けた過去がある。世論の反発を敢えて押し切っての抜擢だった。

問題発覚後、簗氏の辞任を首相に進言する側近もいなかった。首相には自分に都合の良い情報しか上がらない。何しろ首相自身が「危機管理のプロ」を自認(錯覚)し、「とにかく働いて仕事で返せと言っている」(8日の衆院本会議)と答弁しているのだから。

自民党内は「『私が予算をつけた』と言う人は昔から時々いるが、『私が削ってやった』というのは聞いたこともない」(石破茂前首相)という冷めた空気だった。

国会議事堂
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地元は当然、反発する。那須烏山市の川俣市長は10月5日、「予算カットの発言を撤回し、謝罪があったが、那須烏山市や那珂川町の住民に大きな不安を与えたことは事実だ。住民に、しっかりと説明責任を果たされたい」とコメントした。

「予算配分に関与できるはずがない」

これに対し、国土交通省が10月6日、簗氏のカット発言をめぐって、国交省への圧力や働きかけは確認されなかったが、問い合わせがあった、との調査結果を公表した。

問い合わせは2月中旬、簗氏から那須烏山市と那珂川町への26年度予算配分額について、佐々木紀国交副大臣(現首相補佐官)と黒田昌義官房長(現国交審議官)にあった。佐々木氏は4月の予算成立後、簗氏に2市町への予算配分を説明していた。

こうした経緯は国交次官らに報告が上がったというが、記録が残っておらず、黒田氏は国交省の聞き取り調査に対し、「細かいメモがないので覚えていない」と答えたという。軽微なものは記録を残さないというルールは、それはそれで別の問題でもある。

この時点では、首相官邸が主体的に国交省や財務省からの情報をまとめて開示すべきで、「情報の一元的管理」という観点からも、いかがなものかという対応だった。