揺れる機内で描かれた歪んだ文字

遺書のコーナーでは胸が苦しい。この事故では墜落まで30分の時間があったため、恐怖の中、多くの乗客が遺書を認したためていた。

揺れる機内で描かれた歪んだ文字の実物を目にして、その恐怖、無念を改めて思う。その一方、客室乗務員の一人は不時着時の手順をあらためてメモしており、職務を全うしようとしていたその姿勢にも心打たれる。

1985年8月12日に墜落した日本航空123便の残骸
1985年8月12日に墜落した日本航空123便の残骸(写真=連邦航空局/Wikimedia Commons)

この事故は東京で起きたものではないが、520人もの乗客が亡くなった事故を体感できる施設はそうない。これまで30万人ほどが施設を訪れ、うち半分はJALグループ社員だという。

安全運行に生かしてほしいのはもちろんだが、安全の尊さ、事故の悲惨さを知るために、すべての人が見る価値がある施設だと思う。

空港だけでも100人近くが亡くなっている

羽田空港や近辺では多くの死亡事故が起きており、空港だけでも100人近くが亡くなっている。日航ではジャンボ機事故3年前の1982年にも「日本航空350便墜落事故」、いわゆる逆噴射事故が起き24人が死亡した。

統合失調症だった機長が着陸寸前に逆噴射操作をして意図的に飛行機を墜落させた前代未聞の事故だった。慰霊碑が、天空橋駅にほど近い、空港の多摩川べりにある(大田区羽田空港2丁目)。

1966年には空港周辺で3つの死亡事故が起きた。

2月4日、着陸目前の全日空機が東京湾に墜落し、当時世界最悪の133人の死者を出した。3月4日にはカナダ太平洋航空機が着陸に失敗して滑走路上で大破炎上し、64人が亡くなった。8月26日には訓練飛行で離陸中の日航機がバランスを崩し爆発炎上、乗客はいなかったが乗員5人が死亡した。

1982年の事故以来、羽田空港では長く死亡事故はなかったが、2024年、滑走路で海上保安庁機と日航機が衝突し、海保の5人が亡くなった。航空機事故はまだ過去のものとはなっていない。