「とにかく話をさせよう」は逆効果
学校でも、問題を起こした子どもを呼び出して話を聞くとき、事情聴取と説教だけで終わってしまうことがあるでしょう。その子の気持ちをその子の身になって理解しようとするよりも、「いつ」「どこで」「何をしたか」という客観的な事実の情報を集めるとともに、「なぜそんなことをしたのか」と問い詰めるのです。
しかしそんな態度で接すると、そこが警察署であれ学校であれ、話し手は脅威を感じていっそう心を閉ざします。もし事情聴取によって心がラクになったり人として成長したりするなら、警察の事情聴取によって犯人は癒され、更生するでしょう。
「とにかく話をさせよう」と考えている聴き手は、根ほり葉ほりの質問をしてしまいます。しかし、話し手がその根ほり葉ほりの質問に答えてしゃべったところで、本来の心の自己治癒力が動き出すわけではありません。それどころか、自分のペースを尊重し守ってもらえないため、聴き手との関係が安全なものではなくなり、心がさらに固くなりかねません。
ですから知りたいことを詮索するのではなく、なるべく話し手が話したいことについていくような対話に努めましょう。傾聴とは、あくまで話し手が表現する考えや感情をなるべく共感的に理解し、その理解を言葉で返すことによって、話し手の心の動きについていくことなのです。
批判的に聞こえやすい“2文字の疑問詞”
パーティーなどで楽しくおしゃべりをするときには、上手に質問することで、「私はあなたの話に興味があります。もっと聴きたいです」というメッセージが伝わります。
相手が話していることについてもっと教えてもらうための質問と、相手の興味あることや好きなことについて尋ねる質問をしましょう。
《上手な質問例1》
聴き手「○○さんはお休みの日は何をして過ごされることが多いのですか?」
《上手な質問例2》
聴き手「シュノーケリングがお好きなんですね! シュノーケリングの楽しいところって何ですか?」
しかし、楽しいおしゃべりの場ではなく、悩み相談など話し手にとって深刻な話題のときは、質問を減らし、話し手が話す大切なポイントを共感的に返す応答をしましょう。
なぜなら、辛い内容の場合は話をしながらも傷つきを感じやすいので、詮索されることなく自分のペースで話す必要があるからです。
また、「なぜ」「どうして」という質問は、話し手を批判しているように聞こえがちです。
ですから、代わりに「何が」「どう」「どんなふうに」と尋ねることができれば、そのほうが安全です。

