最古の祭祀遺物は五世紀のもの
だがしかし、考古学的な研究では、現在までのところ、内宮神域で出土した祭祀遺物のなかで最も古いものは滑石製模造品(祭具としてつくられた滑石製の臼玉、勾玉など)で、五世紀代のものとされている(穂積裕昌『伊勢神宮の考古学 増補版』)。
つまり、考古学的にみると、内宮で祭祀が行われるようになったのは五世紀からということになる。そのころには、常設ではないかもしれないが、何らかの社殿がもうけられていただろう。
もちろん、まだ見つかっていないだけで、今後、五世紀をさかのぼる祭祀遺物が出土する可能性がないわけではない。また、残存する祭具を伴わない、ごく素朴な祭祀儀礼が五世紀よりも前から行われていた可能性も、否定しきれるものではなかろう。
結局この問題は、「何をもって伊勢神宮のはじまりとするのか」という問題にもつながってくるが、考古学の成果を踏まえるならば、『日本書紀』が記す垂仁朝(三世紀)の創祀とする伊勢神宮縁起を史実そのままとして受け取ることには慎重になる必要がある。
ちなみに第1章で紹介した『霊査の古代史』シリーズ(不二龍彦・著、梨岡京美・霊媒、ナチュラルスピリット刊)の第5巻『伊勢神宮・前史編2』によれば、五世紀後半頃の雄略天皇の時代になって伊勢に「ヒの神様」が祀られたが、それはアマテラスとは異なる神だったという。
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