200勝は「十分条件」
殿堂入り表彰は公益財団法人の野球殿堂博物館が主催し、運動記者クラブに所属する記者が投票する「公的な性格」が強いものなのに対し、名球会は任意団体として発足し、親睦会的な性格が強かった。以後、株式会社、一般社団法人と、法人格も変わった。表彰基準も会員の意向で恣意的に変化してきた。
殿堂入りも名球会も報酬は一切ないが「殿堂入りと名球会だけでは講演料が違う」と言われる。講演で「野球殿堂入りしている○○さん」と紹介されることで、格が上がるというわけだ。
投手の場合、200勝以上の投手24人のうち、江夏豊を除く23人が殿堂入りしている。江夏は引退後に覚せい剤所持で有罪となり服役した。これが原因ではないかと考えられる。
ただし江夏は名球会の会員だ。また日米通算200勝を記録した野茂英雄、黒田博樹も殿堂入りしている。メジャーでの成績も含めた200勝は、殿堂入りの十分条件になっていると考えられる。
積み残される2000安打達成者
しかし2000本安打達成者は、現時点で56人のうち23人しか選出されていない。2000本安打は殿堂入りの十分条件ではなく、必要条件にとどまっている印象だ。
名球会ができてから、レギュラー級の打者は「2000本は打ちたい」と思うようになった。特に生え抜きの選手は、球団や監督も「何とかクリアさせてやりたい」と協力的になりがちだ。
2000本安打を何とかクリアした選手の中には、タイトル獲得も少なく、目立った成績を挙げていない選手もいる。一方で、トレードやFAなどで移籍した選手は、球団の協力が得られず、あと数十本で涙を呑んだケースもあった。
2000本安打をクリアする選手が増える中で、本来、殿堂入りすべき実績を挙げながら、「積み残し」されている選手がみられるようになった。
図表1を見て、こんな大選手が殿堂入りしていないのか、と思うファンも多いのではないか。土井正博は歴代11位の2452安打を打ち、長嶋茂雄の444本塁打を上回る465本塁打、打点も歴代12位の1400打点。「無冠の帝王」と言われた時期が長かったが、近鉄から太平洋(現西武)にトレード移籍した1975年に34発を放ち、本塁打王を獲得している。

