鼻が取れてしまった70代男性の症例
ここ数年、人がクマに襲われる事故が急増している。特に10月はクマに遭遇する確率が高く、最も危険だという。秋は冬眠前のクマが大量のエサを必要とするため、活発に活動するからだ。クマによる人身被害の多くは、東北地方に集中している。その中でも秋田県が最多だ。まずは、そんな秋田県で起こった被害の実例を紹介しよう。
被害にあったのは、70代の男性。路上で突然クマに襲われ、のしかかられた。偶然通りかかった車の運転手が何度も繰り返しクラクションを鳴らしたことで、なんとかクマを追い払うことができたが、既にひどい傷を負っていた。頭部と顔面を中心とした負傷による、多量の出血。通報により駆けつけた救急隊が地面から拾い上げたのは、鼻とともに周辺の組織がゴソッとはぎ取られた、痛ましい肉片だった。
搬送先の秋田大学医学部付属病院で治療にあたったのが、中永士師明さんだ。中永さんは救急医として30年以上、100件以上のクマによる外傷の治療にあたってきた専門家である。2023年以降、クマのエサとなるドングリの凶作などにより、病院に「何十年分もの症例数が1年で押し寄せる」という異常事態が発生した。そうして多数の症例が集まったことで、昨年、クマによる外傷の治療法をまとめた書籍『クマ外傷』を出版。今年は、その続編となる『クマ外傷2』を発売している。
幸いにも接合手術には成功したが
実際、クマ外傷の治療はどのように行われるのか、中永さんに尋ねた。
「重症の場合、まず救急外来で気道確保と止血、麻酔下での傷口洗浄を行います。クマ外傷では感染症を防ぐためにもよく洗浄することが重要です。さらに破傷風の発症予防のためにワクチンや免疫グロブリンを投与することも。そしてバイタルサインが安定したら、ICUに移動して複数の診療科の医師による治療へと移行していきます」
こうして初期救命処置の後に、形成外科、耳鼻咽喉科、眼科、歯科・口腔外科などの専門医が傷に応じて集結し、血管吻合や複数回に及ぶ機能・形態再建手術を行う。集約的な治療体制が不可欠なのだ。
「先の患者さんの場合は、救急隊員が鼻を持ってきてくれたので、全身麻酔下ですぐに形成外科の医師による再接合手術が行われました。もちろん1回では済まず、何度も手術を重ねましたが、幸いにも匂いが感じられるほど機能も回復しました」
ただし、身体的な回復を遂げた後も、1年後の調査では「クマの悪夢にうなされ、不意に涙がこぼれる」といった深刻な精神的トラウマが残り、精神科でのケアが必要になったという。


