名選手=殿堂入りとは限らない

現役時代は通算336安打、7本塁打、規定打席到達は1度のみ。NPB監督としても、10年で684勝(672敗)と、数字的には物足りない。ただ、大谷翔平を不世出の大選手に育て上げ、世界一に輝いたという圧倒的な実績が評価されたのだ。こういう形での殿堂入りは異色ではあるが、納得性の高い選出だったのは間違いない。

2025年には、オリックスやマリナーズなどで活躍し、日米通算4367安打を放ったイチローが日本、米国の野球殿堂入りを相次いで果たした。米国の殿堂入りはアジア出身者初の快挙で、満票に1票足りない高得票率で選出されている。

その一方で、殿堂入りを果たしていてもおかしくない実績を残した選手の「積み残し」が近年目立つようになった。

イチローと同じ1973年生まれでいえば、小笠原道大と松中信彦は、本来ならば「野球殿堂」に選出されるべき選手だと思う。

小笠原は暁星国際高(千葉)、NTT関東を経て1996年ドラフト3位で日本ハム入り。入団当初は捕手で試合に出場していたが、打力を活かすために一塁手へ転向後、首位打者2度、本塁打王1度、最多安打2度と、パ・リーグを代表する左の強打者へと成長した。

重要視されない偉業

2006年、そして2007年に移籍した巨人でMVPを獲得。リーグをまたいで2年連続MVPを獲得。通算2120安打、378本塁打、1169打点、そして通算打率(4000打数以上)は歴代10位の.310と、非の打ちどころのない成績だ。

しかしながら、2021年に殿堂入り投票の資格を得てからの得票数は56(得票率15.6%)、2022年27(7.5%)、2023年38(10.7%)、2024年22(6.2%)、2025年31(8.9%)、そして2026年は47(13.8%)。殿堂入りのためには75%以上の得票率が必要だが、遠く及ばない。野球殿堂入り資格は引退後5年を経過した年から15年と決められている。この調子では殿堂入りは厳しそうだ。

松中は、八代第一高(現秀岳館、熊本)から新日鐵君津(現日本製鉄かずさマジック)を経て、1996年ドラフト2位でダイエー(現ソフトバンク)へ。同年のアトランタ五輪では、日本代表の4番打者として銀メダルに貢献した。