「生きた証を残そう」と必死にならなくてもいい
もちろん、これはシミュレーションで、実際に寝たきりになったら、どうなるかはわからない。もしも「こんなことになるとは思わなかった」と嘆いたりすれば、それは私の想定がお粗末だったというだけのことだ。
欲望が人を苦しめることは、大むかしからわかっていたので、古人もその対策にさまざまな言葉を残している。
たとえば、よく知られる『平家物語』(13世紀前半)の冒頭。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす おごれる人も久しからず 唯春の夜の夢のごとし たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」
つまり、すべては消え去っていくのだから、一喜一憂するなということだろう。欲望を追い求めても無駄というわけだ。
しかし、無駄とわかっていても求めてしまうのが人間。簡単に欲望は消えてくれない。
同じく有名な『方丈記』(13世紀前半)の冒頭でも、鴨長明はこう記す。
「ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず よどみに浮ぶうたかたは かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるなし 世の中にある人と栖と またかくのごとし (略)昔ありし家は稀なり 或は去年焼けて 今年作れり 或は大家ほろびて小家となる 住む人もこれに同じ」
大きな家が潰れて小さな家になるのは、現代も同じ。家を残そうとか、生きた証を残そうとしても、やはり無駄ということだ。
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