寝たきりで最も避けたい「後悔と嘆き」
リアルにシミュレーションをすると、ほんとうに寝たきりになった気分になるが、実際は寝たきりではないので、さっと起き上がって、「自分で起き上がれる。なんてありがたいんだ」と、当たり前のことが喜びになって気分がよくなる。
寝たきりになっていちばん好ましくないのは、後悔と嘆きに時間を費やすことだ。なぜ寝たきりになったのかとか、どうすればよかったのかとか、何が悪かったのかなどと、思っても詮ないことを鬱々と考えるのがいちばん悪い。
シミュレーションのときいつも思い出すのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性、Hさんの言葉だ。
初診のとき、「何かつらいことはありませんか」と聞くと、Hさんは皺だらけの笑顔を浮かべ、かすれた声でこう言った。
身体は、動かんでも、心は自由やから。
全身麻痺で、呼吸も弱く、人工呼吸器はつけないと決めていたから余命は1年以内と思われたのに、なんて前向きなんだろうと感心した。病気を受け入れ、死をも受け入れて、なお明るく今をすごそうとしている。ほんとうに立派な人だと感服した。
「寝たきり=不幸」なのか
だから、もし私が寝たきりになったら、Hさんの言葉を思い出して、自分の人生を振り返ろうと思っている。
はじめてひとりで外国に行ったときのこと、初恋の彼女とデートしたときのこと、そのときの感動と感激、自分が新しい世界に踏み込んだときの喜び。
ほかにも、幼稚園から小学校、高校、大学と、順番に知り合った友だちの顔を思い出し、それぞれの思い出、ドッジボール、クラブ活動、飲み会、コンパ、ヒッチハイク、キャンプにドライブ、バーベキュー、サッカーの試合、はじめてのキス、夜中の散歩、結婚、新婚旅行、子どもや孫、海外勤務、外務省のこと、高齢者医療のこと、最初の本を出版したときのこと、講演したり、取材旅行をしたり、うまくいったこと、失敗したこと、迷惑をかけたこと、恥ずかしかったことなどを思い出して、笑ったり、照れたり、苦笑したり、遅ればせながら胸のうちで謝ったりする。
だれでもいい思い出、楽しい記憶があるだろう。いろいろ思い出すうちに、自分の人生に満足感も湧き、できるだけのことはやったと自己肯定もできるだろう。
そのうち疲れて眠ってしまうから、寝たきりになっても、時間を持て余すことはないはずだ。むしろ、寝たきりになって、すべての義務から解放され、思う存分、自分の人生を思い返す時間が得られたら、ありがたいと思える。
認知症になったらなったで、記憶をたどることはむずかしいが、重度になれば悔いも不安も恐怖も消えるから、寝たきりになったことを嘆くこともないだろう。

