高齢者も組織の仕方で立派な戦力になる
高齢者の就労が、事業として「成り立つのか」という問いには、四半世紀にわたる実例がすでに明確な答えを出しています。
「株式会社高齢社」。原則として60歳以上の人を登録し、企業へ派遣・紹介する事業を続けてきた会社です。立ち上げたのは、東京ガスで子会社の経営再建を手がけた上田研二さん。1990年代に高齢者が働く時代の到来を予感し、2000年に自ら会社を起こしました。設立当初の登録はわずか25人ほどでした。それがいまでは1300人を超え、平均年齢は72.8歳(2026年時点)。2025年度の売上高は8億円を上回ります。
高齢者を戦力としてしっかり組織すれば、それは立派に商売になる。同社の歴史そのものが、何よりの証明になっています。ただし、戦力化とは、若い頃と「同じ働き方」をそのまま延長することではありません。
そこを勘違いすると、単に無理を強いるだけになります。必要なのは「その人の強みが、最も発揮される役割へと移していくこと」です。
顧客との信頼関係、若手の育成、品質管理、プロジェクトの支援、地域との接点づくり、専門知の継承。中高年人材の価値は、体力やスピードだけでは決して測れません。そこを見抜くことなく、年齢だけで「コストが高い」「柔軟性がない」と切り捨ててしまえば、企業は大きな資産を自ら捨てることになります。
高齢就労は福祉ではなく、国力の設計そのものなのです。
なぜ人生後半のキャリアは細ってしまうのか
では、なぜ日本では人生後半のキャリアが細りやすいのでしょうか。その背景には、日本の企業社会に根強く残る「いくつかの構造」があります。
1つ目は、「賃金制度」です。
多くの日本企業では、若年期から中高年期にかけて賃金が上がり、それが役職や年次と密接に結びついています。そのため、定年後も同じ賃金体系のまま雇用を続けることは難しく、どうしても再雇用において大きく処遇を下げる形になりやすい。
しかし、そのときに「新しい役割」と「新しい評価基準」がセットで再設計されていなければ、本人も企業も納得しにくくなります。賃金だけを下げて役割が曖昧なままでは、「会社に残ってはいるが、力を出し切れない」という宙ぶらりんな状態が生まれやすいのです。
2つ目は、「ポスト依存の人事」です。
日本企業では役職に就くことがキャリアの中心に置かれやすく、「役職定年」などで管理職ポストから外れた後の役割が十分に設計されないことが多々あります。
管理職ではなくても、若手の育成、顧客との関係維持、専門的な支援、業務改善などで大きな価値を出せる人は多いはずです。ところが、そうした役割が制度上も評価上も明確でないと、本人にとっては「自分が何を期待されているのか」が見えにくくなる。結果として、年齢とともにキャリアの輪郭がぼやけていってしまうのです。

