「意図しないメッセージ」の恐ろしさ
別の重要な例が湾岸戦争の前のイラクのクウェート侵攻である。1990年7月25日、イラクのフセイン大統領は米国のグラスピー駐イラク大使と会談した。
この時にグラスピー大使は、自分はイラクとの良好な関係を追求するよう大統領から直接の指示を受けていることと、イラクとクウェートとの紛争はアラブ諸国の問題であり、アメリカは特定の立場をとらないと伝えたとされる。フセイン大統領はこれを以て米国はイラクのクウェート侵攻を黙認するであろうと考えた可能性が高いと考えられている。
もしこの時、米国が明確に反対していたらイラクはクウェート侵攻を行わなかったかもしれない。そうなったら湾岸戦争もイラク戦争も、そしていま展開している米国とイランの戦争も起こらない全く別の世界線が展開していたであろう。
これらのメッセージはいずれも相手の侵略を容認するという意味で発せられたものではなかった。しかしながら意図しない形でそのように理解されてしまった可能性がある。台湾を巡る問題においても、このような形の「意図しないメッセージ」が伝わってしまう可能性は否定できない。そう考えると、あらゆるメッセージを慎重に計算して送らなければならないのである。
戦争は始めるより、終わらせる方が難しい
『世界戦争論 次の大戦争をどう防ぐか』第1章で述べたように、戦争は1カ国が決めれば始まる。しかし終わらせるには交戦国すべての合意が必要となる。また、戦争には膨大な損失を伴うものであるから、多くの交戦国は損失に見合う利得を得ようとするだろう。戦局が悪くてそうした利得を得られていない国は、勝利を得られるまで戦争を続けようとするかもしれない。
このように、一度戦争が始まってしまうと終わらせるのは極めて難しい。そのことはロシア・ウクライナ戦争でたびたび停戦協議が試みられているものの戦争終結への具体的な見通しが立っていないこと、またイラン戦争の停戦にも難航していることからも明らかであろう。
