罪の意識は「あんまりなかった」
――力を込めて絞めないと死ぬまでには至らないかと思います。もし奥様が抵抗していたら、力を緩めたかもしれないっていう思いが。
「力はそんなに入れなかったよ」
――加減をしていた?
「加減……、どこかでそういう気持ちがあったのかな」
――殺意はなかった。
「『殺したい』って思ったことなんて、ない」
――では楽にしてあげたい、というような……。
「そっちの方が強いかな。女房は女房で苦しんでいたからね」
――罪の意識はありましたか?
「あんまりなかった」
――病気はどんどん進行する。なのに施設にも入れない。この生活を早く終わらせるにはこれしかなかった、と。
「そこまで断言はできないけど。ただ、はっきり言えることは、私が先に逝って、女房だけになったら、女房は大変だったろうなとは思います。私以上にね」
――奥様が亡くなった直後から逮捕に至るまでっていうのは、自宅でずっと一緒にいた?
「私は殺したその晩に、すぐに警察署へ連れていかれました」
憎いのは妻ではなく認知症だった
――どなたが通報されたんですか?
「最初、私が110番と119番を鳴らした。でも通じない。だから、近くに住む姉へ電話した。そしたら5分ぐらいで飛んできてくれた。姉がすぐに警察と消防署に電話して、すぐにパトカーが来ました。11時45分ごろのことです」
――犯行は10時半ごろですよね。絞めてからどのくらい経って亡くなったのがわかったのか。
「2分後ぐらい。顔がうっ血してきましたから。それでタオルを外して体を触ったら、もう冷たくなってました。で、あっ、死んじゃったな、と。
最初に救急車が来ました。応急処置で一度息を吹き返したらしいですね。で、死亡推定時刻は翌朝の8時すぎでした。私は警察署の取調室でそれを知りました」
――その2分間は何を考えていた?
「何も考えてないね。ただ、様子をじっと見ていた」
――いったん「息を吹き返した」と聞いたときは?
「良かったなと思いました」
これまでずっと妻の認知症に悩まされ続けてきた健二郎は、よかったなと思った理由を「認知症より後遺症のほうが介護は楽そうだからね」と話した。殺したかったわけではない。憎いのは認知症――そんなことを思わせる言葉だった。
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