学歴は「格差」を見える化する

「学歴」が重要ではない、とか、「学歴」は社会では関係ない、といった「建前」を言いたいのではない。あるいは逆に、「学歴」は大切だ、とか、「学歴」こそ資産なのだ、とする「本音」を暴露したいわけでもない。

そうではなく、これまで、そして少なくともいまの日本において「学歴」は、とりわけわかりやすい「格差」(のひとつ)なのだろう。「学歴」そのものが「格差」なのではない。「学歴」が「格差」を見える化するのではないか。

社会学者の佐藤俊樹氏が『不平等社会日本 さよなら総中流』をあらわしてから四半世紀以上が過ぎた。日本に「格差」があるのかないのか、あるいは、どんな「格差」なのかをめぐって、私たちは25年以上にわたり、毎年のように、毎日のようにニュースを見聞きしてきた。

過去で言えば、「勝ち組」とされた「ヒルズ族」と呼ばれる人たちのライフスタイルが話題になった。最近では、不動産経済研究所の調査によれば、2026年7月に東京23区で発売された新築マンション1戸当たりの平均価格は2億6520万円になり、注目を集めた。

六本木ヒルズ
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キャッチーに「序列」を表現できる

裏を返せば、これだけ飽きもせずに語り続けられるほどに、私たちにとっての「格差」とは、格好の「ネタ」と言えるのではないか。「格差がない」とか、「格差は大したことがない」と主張したいわけではない。東から太陽が上り、西に沈む、といったような自明の理ではないからこそ、私たちはずっと「格差」語りをやめないのではないか。

とりわけ「学歴」は、「格差」のなかでも、もっとも見えやすく、その反面、どのような影響があるのかが見えにくいのではないか。大学名は履歴書に書けるし、裏付けとなる偏差値がある。「早慶上理」や「GMARCH」から「Fラン」に至るまでキャッチーに序列を表現できる。それゆえに、いつもトピックにしやすいのではないか。

「学歴フィルター」ということばに代表されるように、就職活動において、大学入試の偏差値が高い大学以外を除外する企業はあるのかもしれない。出身大学別の年収ランキングは、ネット記事やTikTokの動画で取り沙汰されている。「学歴」による「格差」はあるのだろう。

けれども、その影響、それも、生活に直結する影響が、どこまで、どんなかたちなのかが、この社会では見えにくいのではないか。