学校で学ぶことはそもそも難しい

趣味の学びは全然つらくないのに、学校の勉強はどうしてあんなに嫌になりやすいのでしょうか? この問いについて、もう少し考えてみましょう。

勉強が嫌になる理由は、大きく2つあると思います。

1つ目は、学校で学ぼうとしていることが、そもそも簡単には身につかない種類のものだということです。では、なぜ学校では、このような長時間努力しないと身につかないことを学ぶことになっているのでしょうか? この背景を理解するには、歴史をさかのぼる必要があります。

卒業式時の卒業生の姿
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皆さんは、「大分水嶺理論」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 分水嶺とは、山の尾根のように、水がこちら側とあちら側に分かれて流れていく境目のことです。転じて、もう引き返せないくらい大きな変化が起きた時点を指す言葉として使われていますが、大分水嶺理論は、文字(書き言葉)の導入が人間の思考や社会構造に劇的な変化をもたらし、口述文化と文字文化の間に「大分水嶺(大きな分水嶺)」が存在するとする理論です。

口述文化では、情報は話すことによって伝えられ、それを覚えた人はまた別の人へと口頭で伝えていきます。ですから、内容は少しずつ変わっていかざるをえませんし、正確に同じ形で残すこともできません。この時代に大事だったのは、論理の正しさより物語として面白いかどうかでした。

ところが文字が登場すると、情報はそのまま記録されるようになりました。すると、「この考え方はここがおかしいから直そう」というように、記録された情報を論理的に吟味する姿勢が生まれます。そこから学問のようなものも育っていきました。

大分水嶺理論は文字を中心に語られますが、数字の登場も同じように大きな転換点です。文字と数字がそろったことで、人類は、自然に生きているだけでは身につかない高度で複雑な知識を積み重ねることができるようになり、それが学ぶ対象になっていきました。

縄文・弥生時代に「勉強」はなかった

文字が本格的に広がる前の社会、たとえば日本の縄文時代や弥生時代には、いま私たちが言う意味での勉強はなかったはずです。勉強というのは、文明が進み、文字や数字を使って知識などが蓄積されるようになり、それを身につける必要が出てきたところで生まれてきたものだからです。

ですから、学校の勉強が難しいのはある意味では当然のことで、そもそも文字で記述された知識というのは自然に身につくようなものではないのです。

このことを示すのが、古代文明の書記の存在です。エジプトや中国では、文字を書ける人、記録を作れる人は書記になることができました。書記は当時のエリートであり、政治の中心に近づいたり、食べ物を多くもらえたり、重い労役を免除されたりとさまざまな特権があったのです。昔は「文字を読み書きできる」「記録を扱える」ということが特別視されていたことがわかるでしょう。

ところが現代では、かつて一部のエリートだけがやっていたことをほぼ全員がやらなければならなくなりました。かつては高度とされた知識や技能を、みんなが身につけることを求められるようになったのです。身につけるためには意図的な努力が必要ですから、つらくなるのも当然のことでしょう。