何の役に立つのかがわかりにくい
勉強が嫌になる理由の2つ目は、いま学んでいる内容が自分の人生にどうつながるのかが見えにくいことです。実はこれも、歴史をさかのぼるとその背景が見えてきます。
大きな転機となったのは、産業革命以降の社会の変化です。これ以前のいわゆる封建制度の時代は、国によって事情はさまざまでしたが、今ほどの職業選択の自由はありませんでした。日本でも「農民の子は農民、商人の子は商人、武士の子は武士」というように、職業は家業として世襲するのが当たり前だったのです。
そのような社会では、自分が将来どんな仕事をするのかについては、家族の姿を見ていれば容易に想像できます。「この仕事をするためには、こういう知識が必要だ」ということもわかりやすく、必要な学びと将来の仕事が直結していたわけです。
ところが産業革命が起きて近代化が進み、職業選択の自由が広がると、「勉強すれば立身出世できる」という希望を持つ人が増えました。これは同時に、将来の職業を自分で決めなければならなくなったことを意味します。つまり、職業が決まるまでの間、どんな学習をすればよいかが見えにくくなってしまったのです。
悩むのは当然、乗り越えるには工夫がいる
1つ目と2つ目の理由を合わせて考えると、「なぜ勉強しなければならないのかがわからない」という悩みが生まれるのは、社会が発展してきた結果であることがわかります。勉強が大変になり、しかもその意味が見えにくくなった現代においては、悩むのはある意味当然のことなのです。
逆に言えば、「長時間の意図的な努力が必要なほど難しい」という問題と、「それが自分の人生にどうつながるのかが見えにくい」という問題を乗り越えるには、意識的に工夫したり努力したりしていく必要があるということになります。
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