教育の場で遺伝はタブー

橘:安藤さんの場合、行動遺伝学はより直接的に遺伝を語るわけですから、いろいろと思うところはあるんじゃないですか?

安藤(行動遺伝学者):ふたごや養子のデータを大規模に取ると、やはり遺伝は無視できません。しかし、日本の教科書には「遺伝と環境は相互作用である」という、理論とも言えないイデオロギーとしての遺伝環境論しかありませんでした。

教育や人文系では遺伝はタブーで、だから当然、進化もタブー。教育の場で遺伝の「い」の字を言っただけでシーンとなる。だから潜伏してちまちま研究をやってきました(笑)。

橘:面と向かって批判された経験はありますか?

安藤:ないんですよ。それが不気味です。「優生思想につながる」「差別を助長する」と言う人はいます。ふた言目には「遺伝率は誤解しちゃいけない」と。それは僕が最初からずっと言っていることで、批判とも言えない批判ばかりです。

橘:私が2016年に『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)を出す前、「知能や精神疾患、犯罪は遺伝する」という本を書いていると大手出版社の編集者に話したら、「そんなことをすれば大変なことになる」と真顔で忠告されました。でも実際に出したら、抗議どころか「救われました」という反響が数多く寄せられました。

自閉症、発達障害は親の子育てが原因ではない

橘:遺伝の影響がまったくないのなら、自閉症や統合失調症、発達障害などはすべて環境、すなわち親の子育てが原因になる。

「遺伝についていっさい語ってはならない」という環境決定論が、難しい子どもを持つ親をさらに苦しめてきた。そんな人たちが、自閉症や統合失調症の遺伝率がきわめて高いという行動遺伝学のデータを知って、「自分たちが悪いんじゃないんだ」とようやく思えるようになったのではないでしょうか。

遺伝について論じようとすると、一方的に「優生学」のレッテルを貼って黙らせようとしてきたリベラルは、ものすごく残酷だと思います。

窓から外を見る母と息子
写真=iStock.com/Kaan Sezer
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安藤:優生学というとドイツが発祥と思われがちですが、唱えたのはイギリスのフランシス・ゴールトン、そしてアメリカが国家政策としてドイツより先に展開しました。

病気や精神疾患の人に子どもを残させないという国家方針が始まりで、その後、ヒトラーの虐殺で優生学イコール悪と結びついた。

でも今は、受精卵を調べて悪い遺伝子があれば産まない、自分の遺伝子を調べてどう使うか、ということも「自由主義優生学」とか「消費者優生学」と呼ばれます。タブー視すると逆に危険性を覆い隠してしまう。何がまずくて、何がいいのかを、医学的のみならず社会的、倫理的にオープンに議論することが重要です。