閉鎖された20カ所の「ゴースト駅」

富順県の駅から遠くない場所に、さらに新しく開業した別の駅。ここも同じように、がらんとしていた。その前で、50歳の男性が米から作った冷たい菓子を1杯40セント(約64円)で売っている。

ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に応じた男性は、長年にわたり、各地の建設現場を渡り歩いてきたと語る。沿海部の豊かな都市では、高速鉄道の駅の建設にも携わったという。

建設中の鉄道橋
写真=iStock.com/Wengen Ling
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だが景気が悪化して賃金は4割減り、都会での生活を諦め、生活費の安い故郷に戻った。都市で駅を造る仕事を終え、今は乗客のいない地方の駅を日々眺めている。男性は高速鉄道の便利さを認めたうえで、「我々はもう飽和状態だ」と同紙に語った。

アジア・タイムズは、湖北省在住のコラムニストが中国のネットメディアに語った見解を取り上げている。無秩序に造られた高速鉄道の駅は政策の誤りの産物だ、というのがその主張だ。

2008年のリーマン・ショック後、中央政府が4兆元(当時のレートで約57兆円)の景気刺激策を打ち出すと、資金を得た各地の地方政府は、市街地から遠く交通の便も悪い場所にまで次々に駅を造った。いま地方政府は財政難で交通網への補助を削らざるを得ず、それが駅の閉鎖に拍車をかけている、との議論だ。

当然のように利用客は集まらず、すでに閉鎖された高速鉄道駅もある。同紙が引くこの記事によれば、2010年以降に閉鎖された駅は少なくとも20カ所ある。多くは安徽省や雲南省など内陸部だが、遼寧省や江蘇省といった発展した沿海部にも及ぶ。

米国営放送のVOAも、20を超える高速鉄道駅が完成後に使われないまま放置されるか廃止されたと報じている。

雇用確保と鉄鋼消費のための鉄道建設

不調の一因は、需要予測の軽視にある。

路線を敷くかの意思決定において、旅客需要の予測は二の次だった。国内で余剰となった鉄鋼をいかに消費し、いかに雇用を生み出すか。その視点で議論が進んだ。

2009年、武漢と広州を結んだ、中国初の長距離高速鉄道。世界金融危機のただなかの門出だった。

オブザーバー・リサーチ・ファウンデーションは、経済危機に対して中国共産党が「借金頼み」で対応したとの見方があったと論じる。中国の動きは「鉄道ケインズ主義」とも呼ばれており、これは不況期に政府が財政支出で需要をつくり出すケインズ主義になぞらえた言葉である。

高速鉄道でコンクリートと鉄鋼の需要を生み、数百万人分の雇用を確保する。この2つの目的に合わせて、高速鉄道網の計画が進められていった。

特に、鉄鋼の過剰生産との関わりが深い。アジア専門英字ニュースサイトのアジア・センティネルによれば、世界の粗鋼生産に占める中国の割合は、2005年の31%から2015年には50%へ上昇した。これに対し、中国の鉄鋼輸出に占めるアメリカ・EU・日本・韓国向けの比率は、45%から23%へ低下している。

生産量は増え続け、頼みの綱だった米欧日韓向けが輸出全体に占める比率は下がった。ASEANや中東、アフリカ向けの増加で一部は穴埋めされたが、それでも余った鉄鋼の引き取り手は、国内に求めるほかない。その受け皿が、高速鉄道網だった。