唯一の楽しみはワインとハンバーガー

オレゴン大学の周辺には、アメリカの代表的なワインの産地であるウィラメット・ヴァレーをはじめ、複数の“テロワール(ブドウが育つ土地)”が存在する。大学に入学してからいわゆる安酒ばかり飲んでいた佐藤さんは、ある日、友人の兄に連れられて初めてワイナリーを訪れた。

テラスでワインを飲み、ハンバーガーを頬張る。組み合わせがなんともアメリカらしい。1杯100mlをきっちり注いでくれて、3杯で5ドル。当時はワイナリーを訪ねるアジア人が珍しかったのか、佐藤さんたちがワインを飲む様子を面白がり、ワイナリーによってはタダで飲ませてくれるところもあったという。

お金のない大学生ながら、本場のワインを堪能できた。白に赤にロゼ。ワインの名称はよく分からなかったが、どれもおいしい。ワイナリーを3軒ハシゴすれば、思いっきり酔っ払えた。大学の勉強が忙しかったこともあり、週に一度、土曜日にワイナリーを訪ねるのが唯一の楽しみになった。

「安い・うまい・楽しい」。ワインに対するポジティブな記憶が佐藤さんの心に深く刻まれた。

ファックスを送り続けた1年間

最先端のスポーツ医学を学ぶためにはるばる海を渡った佐藤さん。しかし、実は大学入学後すぐに専攻を変更している。取得しようと思っていた民間資格NATAでは、日本でスポーツトレーナーとして活動するのは難しいことがわかったからだ。

そこで、オレゴン大学でも評価が高いジャーナリズム学部に移り、両親に内緒でメディア、報道、広告などを学んだ。猛勉強の末、父親と約束した丸5年でオレゴン大学を卒業。24歳の夏だった。

帰国後、2001年9月に日産自動車に就職。ジャーナリズム学部での学びを活かし、広告部門もしくはマーケティング部門への配属を希望した。

「日産のCMは洗練されていてかっこよかった。アメリカでも評価されていました」

日産自動車は2000年6月にカルロス・ゴーン氏が社長に就任し、低迷していた業績をV字回復させていた。勢いに乗っている時期に本社採用が決まり、佐藤さんは「めちゃくちゃうれしかった」と語る。

しかし、期待とは裏腹に、配属されたのは海外事業部のイラン担当だった。新人の佐藤さんの仕事は、毎日ひたすらファックスを送ること。当時すでにビジネスシーンでメールが普及していたが、法的証拠能力の観点から一部の業務にはまだファックスが利用されていた。

ファックスを送り続けること自体は苦ではない。しかし、取引先との会食で現地特有の商習慣を知ってから、決められた業務を繰り返すだけでは物事を前へ進められないと感じるようになった。新人の立場では、昔ながらのやり方をすぐに変えるのは難しい。自分が思い描いていた仕事と、目の前の仕事のギャップがどんどん広がっていった。

「俺は何やってるんだろう。クソ意味ねえことしてるなって思いました」