ブルデューによる世論調査批判
しかしそれでは、厳密な確率サンプリングによる新聞社の世論調査のほうがより「良い」民意かというと必ずしもそうではありません。
フランスの社会学者ピエール・ブルデューは、次のように世論調査を批判しています。
私は世論調査が暗黙のうちにかかわっている三つの公準を問題にしてみようと思います。
第一の公準は、どんな世論調査でも、誰もが何らかの意見をもちうるということを前提にしている、つまり言い方を換えれば、だれでもそうしようと思えば簡単に意見を作ることができるということを前提としていることです。私は素朴な民主主義的感情を逆なでするのを覚悟の上で、まずこの公準に異議を申し立てようと思います。
第二の公準は、すべての意見はどれも優劣がない等価なものだと考えられていることです。そんなことはないのであって、同じような、現実的な力をまったくもたない意見をいくら積み重ねても意味を欠いた人工物を作り出すだけだ、ということは証明できると思います。
第三の公準は、暗黙のうちに認められているものです。それは、誰に対しても同じ質問をするという単純な事柄のなかには、それらの問題に関して何らかの合意が存在する、言い方を換えれば、それらの問題は質問されて当然だとする同意があるという仮説が含まれていることです。
これら三つの公準があるために、方法論的厳密さの一切の条件がデータの収集と分析のなかで満たされているときでさえ、いつのまにかさまざまな歪みが次々に生じてしまうのです。私にはそう思えてなりません(*4)。
*4 Bourdieu, P(. 1980/1991)安田尚ほか(訳)『社会学の社会学』藤原書店, pp.287-288
厳密な世論調査にも潜む難点
第一の点は、世論調査の回答者が受動的に回答していることを問題視しています。つまり「誰もが何らかの意見をもちうる」わけではないのであり、意見がない人はない人として扱うべきであるということを示唆しています。
世論調査では、無回答バイアス(回答してくれた人の意見のみを集計することによって生じるバイアス)を避けるため、答えを渋っている人に対してもかなり食い下がって回答を求めます。そうしてひねり出された回答が果たして参照すべき意見なのかということです。
第二の点は、全ての回答を等価に扱うことの不合理性を指摘しています。例えば障害者福祉関連施策において、障害当事者やその家族、あるいは障害者福祉施設の職員等、施策の影響を直接的に被る方の意見と、障害者福祉に全く関わりのない人の意見を等価に扱うことは不合理であるように思われます。
第三の点は少し解釈が難しいですが、質問設定の恣意性を指摘したいのかもしれません。
ここでブルデューの批判を長々と引用したのは、厳密に実施された世論調査も、ひとクセあるということを強調しておきたかったからです。
これはもちろん何を尋ねるかによります。インフレ対策や基幹税制等、多くの国民が利害関係を持っている事項はそうした世論調査が適しているでしょうが、一定の領域固有知識が必要な個別分野の施策になると、必ずしも世論調査が適切とは言えない場面もあるのです。



