低期待、低リスク、低燃費

例を挙げているときりがないからこの辺にしておくが、若者たちはこうした発想の転換によって「苦しさ」を感じにくいよう認知的に適応しているのである。さしずめ「防衛的認知」とでもよぶべきか。

もちろん、こうした発想の転換それ自体は悪いことではない。手に入らないものを数えて一生不幸になるより、手の届く範囲で暮らしのなかの楽しみを見つけたほうがよいに決まっている。

だが問題は、この「防衛的認知」が個人個人の処世術を超えて一世代の時代精神になりつつあることだ。低期待、低リスク、低燃費。大きく望まないから大きく失望もしない。社会から何かを勝ち取ろうとするのではなく、社会に差し出すものを少なくすることで身を守る。そういう生き方を、大小の差こそあれ同時に大勢が実践しようとしている。ミクロの最適戦略が、マクロでも最善の結果をもたらすとはかぎらない。