「摩擦は進歩の母、積極の肥料だ」

『六、周囲を引きり廻まわせ。引き摺るのと引き摺られるのとでは、永い間に天地のひらきができる』

書影
大下英治『ルポ 電通 「日本最大のタブー」決壊の深層』(清談社Publico)

――当たり前だ。引き摺られる側に立つものじゃない。しかし、若いときから振り回してばかりいるのも自分のためにならない。たまには人に振り回されろ、とも言っている。そういう点で、伊藤は自身が師事する二階俊博元自民党幹事長にぶんぶんと振り回されて経験を積みながら、いつか人を振り回してやるぞ、と思い日々過ごしている。

『七、計画を持て、長期の計画を持っておれば、忍耐と工夫くふうと、そして正しい努力と希望が生まれる』

――今、伊藤がやっていることが、まさにこれだ。だから、役所を引っ張っていく。

『八、自信を持て、自信がないから君の仕事には迫力も粘りも、そして厚みすらがない』

――これのどこが過剰労働に引っかかるのか、伊藤には理解できない。

『九、頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ』

――これこそ、二階株式会社の社是である。

『十、摩擦をおそれるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる』

――役所の職員を見てみればいい。相手の他省庁と何かをやるとき卑屈未練になる者が多い。役所にもヒエラルキーがある。だからこそ、伊藤は「俺もやるよ。だけど、俺がやるのだから、お前たちも渡り合え」と発破をかける。そういうことを互いに積み重ねることによって、いままでにない糧をもらい、自分の力にもなるということだ。

「鬼十則」のどこに間違いがあるのか

伊藤は、心底思う。

〈この「鬼十則」のどこに、仕事をしていくうえで間違いがあるのだ。一つもない。これが手帳に書かれてあって、何がいけないのだ〉

そうでないはずである。

時代が変わり、若い社員はインターネット世代になった。そのせいで、コミュニケーションが下手へたなのかもしれない。あるいは、部下のコントロールの仕方が下手なのかもしれない。お互いの意思疎通の仕方に問題は潜んでおり、本来は、労務・人事管理面などに直すべきところがあったかもしれない。

何よりも、「鬼十則」が誕生した時代を考えるべきだ。電通四代目社長の吉田秀雄が「鬼十則」を制定したのは、1951年。理屈をこねている場合じゃない。「鬼十則」に書かれてあることを、今の時代に沿った形で置き換えて考える想像力を、今の若者たちは持っていないのだろうか。

伊藤からすれば、「鬼十則」で電通を離れる人もいるだろうが、それよりも「そうだよな」と思う人たちの方が圧倒的に多いと信じている。

「殺されても」というキーワードだけを取り上げて、電通批判をする様子をみていると、下衆げすの勘繰りのように見えてくる。

労務管理の問題と「鬼十則」の部分は、切り離すべきなのだ。