広告業界最大手「電通」社員の心得、通称「鬼十則」とは何か。『ルポ 電通 「日本最大のタブー」決壊の深層』(清談社Publico)を出した作家の大下英治さんは「元電通社員の政治家にとっては、『政治に繫がることが書かれてあるバイブル』だった」という――。
旧電通本社ビル
丹下健三氏の設計による旧電通本社ビル(電通築地ビル)(画像=Archs/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

「鬼十則」は電通の背骨だという信念

電通は、社員手帳に載せてきた社員の心得「鬼十則」を、2017年版から掲載しないと発表した。

伊藤忠彦(※1)は、これは間違った判断だと異を唱える。

〈「鬼十則」。これこそ、仕事に取り組む基本姿勢であって、どうして今度の一件で手帳から外さなければならないのか。もし、これを外すというのなら、もはや電通の背骨は無くなってしまうじゃないか〉

「鬼十則」は、電通の背骨といえる。その背骨をなぜ、ここで抜く必要があるのか。本当にまたいつかこれを取り戻すことができるのだろうか。幾百年と続く企業や代々の家訓は、何らの変更なく受け継がれ、その時代時代に理解され続ける。形ではなく中身だ。これほどまで簡単に背骨を外したことに、戸惑いを覚える。

〈これでは、電通とはいったいどこの会社なのだ。この先の我々の仕事に対して取り組む姿勢は、どうなってしまうのだろうか。社員は不安になってしまうだろうに……〉

電通の先行きが心配だ。本来なら、他の人たちが何を言おうとも、電通は変わらない。「鬼十則」は残すべきことだと胸を張るべきである。

※1 元電通社員で現在、衆議院議員。1994年に電通を退社。

「取り組んだら放すな、殺されても放すな」

伊藤にとって「鬼十則」はバイブルとなっている。読めば読むほど、政治に繫がることが書かれている。

『一、仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない』

―― 一軒一軒、戸別訪問しろということだ。誰に言われることなく、自らがやれと言っている。

『二、仕事は先手先手と働き掛けて行くことで、受け身でやるものではない』

――伊藤が師事する二階俊博元自民党幹事長の政治は、まさにこれである。

『三、大きな仕事と取り組め、小さい仕事は己を小さくする』

――本当に、そのとおりだと思う。だが、小さい仕事からやっていかなければ大きな仕事にはたどり着けないことも忘れてはいけない。あっという間に、大きい仕事ばかりできるわけがない。小さい仕事を続けていけば、向こうから仕事は来るという意でもある。

『四、難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げる所に進歩がある』

――これも、的を射ている。自分ができないと思っていたことを仲間と一緒にやり遂げる。そうして経験を得て仕事とは積み上げていくものだ。伊藤は、誰かが「難しいな」と言うような仕事に取り組むことが、ものすごく楽しみである。

『五、取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは』

――これが大きくクローズアップされているが、これのどこが悪いのか。「放される」などということほど恥さらしなことはない。本当に殺されるまでやれといっているわけではなく、絶対にやり遂げるのだという意志を強く持ちなさい、と言っているだけで問題視することでもないはずだ。