視聴率というブラックボックス
広告マンにとって、視聴率ほど大きな意味を持つものはない。
クライアントは、テレビCMを視聴率が高い番組内で流したいと考える。そのため、数パーセント、ほんのコンマ数パーセントでも落ちれば、なぜ視聴率が下がったのかという説明が要求される。もちろん、番組の内容も影響するだろうが、たとえば「裏番組では何が放送され、その番組はどの年齢層に人気があった」というような分析をする。
実は、すでに藤沢涼(※1)は、視聴率自体に疑いの目を持っていた。これだけデジタル化された現在であれば、簡単に視聴率など計測できるはずなのに、それをやらない。
視聴率とはブラックボックスを意味するものであり、しかも視聴率調査会社の株式会社ビデオリサーチの歴代社長には、次から次へと電通社員が送りこまれている。
〈これは、やはりおかしい〉
しかも、最大7パーセントのズレが生じてしまう測定法を使っている(※2)。
〈曖昧な視聴率なのに、毎回、このコンマ数パーセントに、こんなに胃を痛めつけられる。これって本当におかしい。なんでこんなのに、俺は振り回されないといけないんだ〉
月曜日の夜8時に水戸黄門が放送される。その翌日の火曜日の朝9時に視聴率が発表される。その時間が近づくたびに、胃から何かが飛び出るようなストレスに襲われた。
※1 元電通社員で現在、Lamir社長。2012年に電通を退社。
※2 視聴率は、一部のサンプル世帯から全国の視聴率を推計する方式。
「結局、俺はクライアントの奴隷か……」
新入社員時代に受けた暴力は、明らかに部長や殴った先輩上司に責任があると言える。だが、今は松下電器産業の現場担当の一人として、他の何かに責任を押し付けるわけにはいかない。
本当の視聴率がわかり、本当の分析ができれば視聴率の回復は見込める。が、それは難しい。結果的に、どんどん視聴率は落ちていき、ジリ貧になりながら視聴率を見つめるしかなかった。そのたびに一所懸命になって資料をつくり、提出する。
松下電器産業の担当者という栄光と喜びが、いつしかプレッシャーに変わっていった。
〈そこそこの視聴率で失敗してしまったら、年間何十億円というお金がぶっ飛ぶかもしれない〉
どんどん恐怖に苛まれ、ストレスと過労に押しつぶされていった。
〈結局、俺はクライアントの奴隷か……〉
藤沢は、少しずつ、体調を崩していった。
7年目のある朝、ベッドから起きようとしても起き上がれない。
精神科を受診したところ、「鬱かもしれない」といわれた。心も体も満身創痍の状況だった。それでも20代という一番の頑張り時である。藤沢は、自身を奮い立たせた。
しかし、ドクターストップがかかった。医師の診断では、ストレスと過労による病だった。藤沢は、会社を数カ月間休んだ。
こうして、藤沢は「水戸黄門」(ナショナル劇場/TBS系)の担当を外れ、メディアビジネス推進部への異動となる。

