ほかにやりたいことがあるのに、ついつい動画を見続けてしまうのはなぜか。作業療法士の菅原洋平さんは「先の展開が予測できない作業が立て込むと、脳の予測は外れ続けて予測エラーのアラートが鳴りっぱなしになる。この状況に陥ると、脳は予測を放棄できる作業を選び、その結果として動画を見てしまう」という――。
※本稿は、菅原洋平『やりつづける脳のつくり方。』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
誘惑は邪魔者ではない
続けられないときによく、「誘惑に負けた」ということがあります。
ダイエットをしていたのに、お菓子の誘惑に負けた。
勉強するはずだったのに、動画の誘惑に負けた。
私たちは、誘惑を「負ければ罪悪感や挫折につながるもの」と考えています。これは、とてももったいないことです。なぜなら、誘惑の中身や意味を理解して自分の力にする機会を失うからです。
脳にとっての「誘惑」の意味を知り、罪悪感や挫折につながる配線を、続ける力につなぎ直しましょう。
「誘惑に負けた」というとき、その誘惑された作業に注目していないことが多いです。お菓子を食べていても動画を見ていても、頭の中は「ダイエットするはずなのに」「勉強するはずなのに」と考えている。
作業に注目すれば、「食べてみたら思ったよりおいしくない」とか「動画を見てもいまいち面白いコンテンツが見つからない」といった予測エラーに気づき、そこからよりお菓子や動画を楽しむやり方を見つけようとするのに、この予測エラーを無視しています。
本稿では、現在やっている「望まない作業」の内在的価値を見出したいと思います。人は常に何かの作業をし、その作業には必ずその人にとっての「意味」があります。その「意味」に気づかずやり過ごしていると、ただ不全感が溜まるだけです。
続けるためには、続けたいことも続けたくないことも含めたすべての作業の「意味」を見つける必要があります。

