エリート集団が自ら描く地獄絵

高橋まつりさんが亡くなった日は、彼女が所属する部会が開かれる日でもあったという。それを知った藤沢に、部会に対する嫌な思い出が蘇った。

部会での新入社員の役割は、その場を盛り上げることだ。強制的に裸になることを命じられる者もいた。

藤沢も、裸になるよう命令された。が、はっきり断った。

「ごめんなさい。できません」

藤沢は、そのことが一番嫌だった。

〈自分の恥をさらして、笑いを取るなんて、許せない〉

藤沢とは反対に、裸になる者もいた。カラオケ店の個室などで全裸になり、下半身の毛に火をつけて面白がる。藤沢は、その光景を見ながら思った。

〈本当にバカなことをやってる。日本一の頭脳集団のはずが、何なんだ、これは……〉

藤沢にとっては、地獄絵図だった。上の者は上の者として、下の者は下の者なりに、エリートたちがそれぞれ縦社会を楽しんでいる。そんな構図が見えてきた藤沢には我慢ができなかった。

〈僕は、このスキームには慣れそうにもない。絶対、無理だ〉

下としても楽しめなければ、自分が上になったとしても、下の社員を裸にさせたり、無理やり飲ませたりなどということも、絶対やりたくない。

クライアントに滅私奉公する社内文化

クライアントとの会合でも、同様の光景が日常茶飯事のように見られた。

「ただ飲むだけじゃ、面白くない。とにかく、何でもいいから芸をやれ」

書影
大下英治『ルポ 電通 「日本最大のタブー」決壊の深層』(清談社Publico)

それが話芸であれば、コミュニケーションスキルを伸ばすことに繫がるが、脱いで笑わせるという行為は、本当に下品な笑いでしかない。それでも笑いが起こり、クライアントは喜ぶ。

「電通は、何でもやってくれる」

そこで、妙な信頼を電通は勝ち取っている。電通社内では、新人社員は先輩社員の奴隷という不文律が成り立っているが、それ以前に、電通はクライアントの奴隷になるという文化がある。

電通はクライアントに対して、滅私奉公する。何よりも、クライアントファーストだ。

クライアントが要求することを、競合他社の博報堂が100で返したなら、電通は120で返す。こうして、電通は繁栄してきたのである。その120を返してきた先輩社員に感謝して、自分たちも他社ができないことを、自分たちの力でやっていくんだという社内カルチャーがはびこっていた。

藤沢は、なにもそれを100パーセント否定すべきことではないと思っている。そういった先輩社員たちの力によって、新入社員でも600万円、700万円という年収を手にすることができるのだ。この部分には、藤沢も感謝していた。

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