部下との1on1に必要なのは解決策ではない
その週の金曜日の午後。慧は営業部の若手、坂井悠人とのクロス1on1ミーティング(他部署との1on1)に臨んでいた。
以前は、事前に「確認すべき項目リスト」を作り込み、一分一秒を無駄にしないように完璧さにこだわった。今は、あえて詳細なアジェンダは用意せず、相手の話の流れに身を委ねるようにして聴く。相手が「今、話したいこと」を話せる空間ができれば深い本音にたどり着けることが実感できているからだ。
会議室に入ると、坂井は上目遣いに慧を見た。
「どう、今週の調子は?」
慧の短い問いかけに、坂井は一瞬ためらうようにして言った。
「……正直、しんどいです。お客さんに提案を却下され続けて、自分がチームの役に立っていない気がして」
慧はその言葉を聴きながら、心の中でこう思っていた。
(解決策の提示よりも、まずは「しんどい」という彼の感情を受け止めるんだ)
時計の秒針の音が響く。
一呼吸おいて、慧はゆっくりと口を開いた。
「そう、しんどいんだ。提案が拒否されると、自分が否定されたような気持ちになること、僕もあったりするんだよね」
自分の辛さを共感してもらったことで、坂井は顔を上げた。
「……はい。まさに、そんな感じです」
「坂井さんが役に立っていないなんて、僕は一度も思ったことはないよ。むしろ、先日の案件で、断られても最後まで粘り強く対話を続けた話を佐伯さんから聞いて感心していたんだ」
「え……本当ですか? 結果は出せなかったのに」
「ああ、あの粘りがあったからこそ、クライアントも次は話を聞くと言ってくれたそうじゃないか。結果はすぐに出なくても、その積み重ねは確実に届いている証拠だって佐伯さん言ってたよ」
坂井の目の奥に、小さな光が戻った。
「そう思ってもらえてたなんて……、少し楽になりました。自分がやってたことは無駄じゃなかったってことですね。次は視点を変えて提案してみます」
成果が出ない苦しさを救った上司の言葉
1on1を終え、坂井が晴れやかな顔で部屋を出た後、慧はノートを広げた。
かつての自分も、成果が出ずに苦しんでいたとき、上司の「ちゃんと見ているよ」という一言に救われたことがあった。あのとき、上司がくれたのは「正解」ではなく「安心感」だったのだ。
慧は、今日の手応えをノートに書き留めた。
フィードバックの質を決めるのは、話術などのスキルではない。リーダー自身の内面のあり方だ。無理に解決策を作らず、まずは自分を整えて相手を受け止めること。その余白だけが、相手の自信を回復させる。
チャットでのトラブル対応、そして若手社員との対話。整えた内面から外へ働きかける。その循環の感覚を噛み締めながら、慧は満足げにノートを閉じた。

