「バニラと何が違うの?」の声を逆手に

その危機感を象徴するエピソードがある。

「ザ・ミルクの発売時には、小売店の店頭で『バニラvsザ・ミルク』の食べ比べキャンペーンを実施しました。小売店のお客様に2商品を食べ比べていただいて、美味しかったフレーバーのシールをフリップに貼ってもらう企画です。バニラとの差別化が課題なのであれば、消費者の方々に実際に食べていただいて、味の違いを分かってもらおうと。

「バニラvsザ・ミルク」のキャンペーンについて語る藤江さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「バニラvsザ・ミルク」のキャンペーンについて語る藤江さん

このキャンペーンは全国141店舗で展開したのですが、そのほとんどを当社の社員が担当しました。参加したのは150名以上。当社の全社員は約250名ですから、全体の6割以上が小売店の現場に足を運んだことになります」

ハーゲンダッツのブランド価値を左右しかねない局面に、社員たちは一致団結して全国を歩き回った。「ザ・ミルクを絶対に売らなければいけない」。キャンペーンは過去10年間で最大規模の社内施策となった。その熱はじわじわと世の中に伝播し、大きなうねりを生んでいく。

️「ミルクのヒット」がバニラに再び光を当てた

ザ・ミルクの発売後、ヒットの兆しはすぐに表れたと藤江さんは話す。

「売上の初動が明らかに違いました。しかも、リピート率が高かった。つまり、消費者が『もう一度食べたい』と思える味に仕上がっているということです」

さらに意外なことに、ザ・ミルクの発売は他のフレーバーの底上げにも貢献した。ザ・ミルクと他のフレーバーを食べ比べるため、ミニカップを複数個購入するケースが増えたのだ。まずはザ・ミルクで素材の美味しさを味わい、その次にグリーンティーやストロベリーの味や香りを堪能するといった楽しみ方が、消費者の間で知らず知らずのうちに広がっていた。

そして、最大の課題であったバニラとの差別化である。差別化の成果について尋ねると、藤江さんはゆっくりと首を縦に振った。

「成功だとはっきり言い切れます。ザ・ミルクの発売がバニラの売上を大幅に落とすことはなく、むしろ売上全体を押し上げる要因になりました。私たちにとってバニラは定番中の定番。1984年の発売以来、味や素材が変わっていないブランドの顔です。しかし、不動の存在だからこそ、新たな話題やトピックを作りにくい側面があります。ザ・ミルクの発売は、普段、意外にも光の当たりにくいバニラに、再度注目を集める良い機会でもありました」

ハーゲンダッツ ジャパンの本社オフィスで撮影に応じる藤江さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ハーゲンダッツ ジャパンの本社オフィスで撮影に応じる藤江さん

ザ・ミルクは売上目標値の137%を達成。発売10カ月で1000万食を売り上げるヒットを記録し、現在も定番商品として売れ続けている。「ハーゲンダッツといえば」で誰もが想起する絶対王者・バニラに存在を覆われることなく、今や独自の立ち位置を確立した。

濃厚なのにすっきりした味わい。不安と背中合わせの「自信満々マーケティング」。そして、全社員の6割が店頭に立った覚悟。ザ・ミルクの開発では、相反する要素を両立させた施策が数多く展開された。

つまり、バニラと似た新商品が偶然売れたのではない。「バニラとは違う」と消費者が体感できるところまで、味と伝え方を作り込んだからこそ売れたのだ。針の穴に糸を通すような差別化戦略が、ブランドの再活性化を導き、いまも止まらないハーゲンダッツの躍進を支えている。

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