年金や税金、社会保険や各種手当などのお金にまつわる制度やルールは複雑だ。知らないと損することばかり。面倒くさくても、さじを投げてはいけないと板倉京氏は言う。残り時間が見えてからこそ、設計の効果は大きい。今の一歩が老後を明るくする。タイプ別のお金が尽きない家計設計をシミュレーションした。
CASE2
子どもを頼らないと70代で貯蓄ゼロ
年金受給と住み替えでベースアップ
Profile
河西さん夫婦(夫64歳・妻66歳)
子2人(長男:関西・住宅ローン返済中、長女:地方・パート勤務)
賃貸マンション(家賃月8万円)

●金融資産:800万円(ほぼ普通預金)
●年金(見込み額):夫13万円(厚生)+妻7万円(国民中心・受給中)
●月支出:約26万円(家賃込み、夫の年金受給が始まれば月6万円の赤字)

子どもには頼れないから「入ってくるお金」を増やす

河西さん夫婦は夫が64歳、妻が66歳。子ども2人は独立しており、長男は住宅ローンの返済中、長女もパート勤務で両親に仕送りができるだけの金銭的余裕はありません。そのため、子どもの援助を見込まずに老後の家計を組む必要があります。

現在の住まいは賃貸マンションで家賃は月8万円。金融資産は800万円で、ほとんどが普通預金に入っています。妻は1年前から年金を受け取っていますが、夫は来年から受給資格を得ます。夫の受給が始まると夫婦の年金は月20万円になる見込みです。

問題はその先です。月の支出は約26万円ですから、現在の家計を維持するなら毎月6万円・年間72万円の赤字が出ます。不足分を貯蓄から取り崩すと11年後、夫76歳・妻78歳の年に貯蓄は底をついてしまいます。病気や介護にお金がかかるようになると、年金だけでは立ち行かなくなりそうです。

河西さんの家計で最も大きな項目を占めているのは、月8万円の家賃です。これを圧縮できれば大いに助かるのですが、高齢者が入居できる物件を探すのは簡単ではありません。家主が家賃滞納やトラブルを懸念して、入居を断られてしまうケースがあるからです。条件に合う物件を探しながらも、他の打ち手も考えていく必要があります。

私がお勧めしたのは、家計の無駄を省いて出費を減らす工夫と合わせ、入ってくるお金を増やす「攻めの設計」です。そこでまず検討したのが、夫の年金受給の「繰り下げ」です。年金は受け取る時期を遅らせると、毎月の受給額を増やせます。1カ月遅らせるごとに0.7%、1年で8.4%の増額です。65歳から70歳まで5年繰り下げれば42%増、75歳まで10年繰り下げれば84%増にもなります。増額された年金額は、生涯維持されます。

河西さんの場合、夫の年金は65歳で受け取れば月13万円ですが、70歳まで繰り下げると月18万5000円に増やせます。すでに受給している妻の月7万円と合わせれば、夫婦で月25万5000円。月の支出26万円に、ぐっと近づきます。毎月6万円の赤字が、ほぼ消える計算です。

繰り下げにあたって、知っておきたい点が2つあります。一つは「繰り下げで増えた分は、遺族年金には引き継がれない」ことです。夫が先に亡くなった場合、妻が受け取る遺族年金は、繰り下げ前の65歳時点の額をもとに計算されます。繰り下げによる増額分は、夫が生きている間の受給に限られます。もう一つは「基礎年金と厚生年金は、別々に繰り下げられる」ことです。例えば厚生年金は65歳から受け取るが、基礎年金は70歳まで繰り下げる。こうすれば満額を受け取るまでの5年間は、いくらか収入を確保しながら、将来の基礎年金を増額することができます。

なお、夫婦の年齢や働き方によって、繰り下げの判断に関わる制度が絡むこともあります。河西さん夫婦は、妻が年上なので「加給年金」(※)の対象にはなりません。判断はシンプルに「何歳まで受け取れそうか」の見通しで決めることになります。ただし、加給年金の対象にならなくても、夫が65歳になった時点で妻の老齢基礎年金に「振替加算」が上乗せされる可能性があります。金額は大きくありませんが、終身で受け取れます。届け出が必要なので、年金事務所に確認してください。

【図表】80歳以降でいくら受給したいかがポイント

一方で、繰り下げが万人に正解とは限りません。元気なうちに受け取って旅行や趣味に使うという考え方もあります。とはいえ、それは貯蓄に余裕がある世帯の話で、河西さんのように蓄えが心もとなければ「繰り下げ」で収入のベース額を上げるほうが安心です。そのうえで、繰り下げの弱点をどう補うかを考えます。すなわち、受給を遅らせている間、収入が少ないのをどう補うかということです。夫が70歳まで繰り下げれば、65歳からの5年間は妻の年金月7万円だけで暮らさなければなりません。貯蓄の800万円はみるみる取り崩され、これでは何のために繰り下げるのかわかりません。

そこで、働いて収入を得ることを検討します。幸い、河西さん夫婦は揃って健康で、まだまだ動けます。再就職や継続雇用で安定した働き口が見つかればそれに越したことはないですが、家計の不足分だけ補えればいいと割り切るならアルバイトでも十分。高齢者が働ける環境は、短時間・単発の仕事を紹介するサービスやシルバー人材センターなど、間口が広がっています。

(構成=渡辺一朗 図版作成=大橋昭一 イラストレーション=タカセマサヒロ)